歴史上に名を残す偉人は、当然「すごい」ことを成し遂げている。しかし、彼らとてみな人間。「すごい」と同じくらい「やばい」面だってあるのだ。
そんな偉人たちの「すごい」と「やばい」を両面から紹介する本が、書店で売れ続けているという。歴史人物の思わぬ「やばいエピソード」とギャグ漫画家の和田ラヂヲさんのシュールなイラストが人目をひく。各時代の概要をざっくりまとめた漫画は、それぞれ横山了一さんと亀さんが担当した。
児童書として企画された本書だが、じつは大人にも売れている。
それもそのはず、ふざけた本かと思いきや『やばい日本史』は東京大学教授の本郷和人さんが、『やばい世界史』は東京大学名誉教授の本村凌二さんが監修を務めているのだ。
今回は特別に監修の二人にお集まりいただき、本のこと、歴史のこと、研究のことをざっくばらんに聞いてみた。

(聞き手:滝乃みわこ)

「やばい」歴史本が売れてるってどういうこと?
東大の先生に聞いてみた。

――2018年に発刊された『東大教授がおしえる やばい日本史』と2019年刊の『東大名誉教授がおしえる やばい世界史』は、シリーズあわせて40万部になりました。いやぁ、すごいですね。

本村凌二(以下、本村):まさか、ここまで売れるとは。正直意外でした(笑)。

本村凌二(もとむら・りょうじ)
東京大学名誉教授。博士(文学)
熊本県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、早稲田大学国際教養学部特任教授(2014~2018年)。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(中央公論新社)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著書は『はじめて読む人のローマ史1200年』(祥伝社)『教養としての「世界史」の読み方』(PHP研究所)『地中海世界とローマ帝国』(講談社)など多数。

本郷和人(以下、本郷):うん、歴史の本っていっぱい出てるのに、結構すごいですよね。

――この本はもともと児童書として発刊されましたよね。どうして数ある歴史書の中で、子どもの心を掴んだと思われますか?

本郷:やっぱり、和田ラヂヲ先生の絵の力は大きかったなって、すごい思うんですよ。ひと目見ただけで、インパクトがあるよね。これは何より強い。
しかも、じつは肖像画とかに忠実で、ちゃんとしてる。この信長なんて「あ〜、こういう人だったんだろうな」って感じで、掴みはバッチリだったんじゃないかなあ。

本村:同感です。売り場で目立ちますよね、児童書っぽくなくて。そのせいか、高校生とか、大人の人も買ってくれていると聞きます。みんなよっぽど「やばい」エピソードが好きと見える。でも、ちゃんと「すごい」ところも読んでほしいと思って、丁寧に説明しています。

本郷:たしかに、やばいエピソードのインパクトはすごいですよね。徳川家康がうんこを漏らしたかと思えば、モーツァルトはうんことおしりが大好きで「おしりをなめろ」なんて曲を作っちゃうし、フランス国王のルイ14世はおまるにまたがったまま仕事をしていたなんて逸話もある……。

本郷和人(ほんごう・かずと)
東京大学史料編纂所教授
東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)、『上皇の日本史』(中央公論新社)など。

本村:これは、子どもにウケるわけだ(笑)。

本郷:だけども、これで子どもが「家康はすごくない」って思うかっていうと、僕はそうじゃないと思うんです。「こんなすごい人でも、うんこもらしちゃうことはあるんだな」って、親しみがわくこともあるでしょ。興味がないものって、人は絶対に勉強する気にならないですから。まずは親しんでもらうという入り口もあるんじゃないかな。

――先ほど本村先生もおっしゃっていましたが、『やばい日本史』『やばい世界史』は子どものみならず大人にも広がっています。児童書としては異例の売れ方なんですけれど、この現象はどういうことだと思われますか?

本村:この本、たしかに大人にウケるんですよ。周りの人にプレゼントすると、みんな「子どもに渡す前に自分で読む」って言うわけ。圧倒的におもしろいとか言って。

――それは嬉しいですね。実際、40代、50代の大人からの読者はがきも多いそうです。

本郷:子どもと大人だと、読み方が違うよね。大人は一応、教科書で大まかな歴史は知っているわけでしょ。その「表」の歴史にこんな「裏話」があるよという楽しみ方をしていただいてるんじゃないかな。

本村:大人はもちろん、知識があるから、モーツァルトをただの変態だなんて思ったりはしませんよね。だから、今までの知識にプラスして、面白い知識も得ることができる。そういう歴史の知り方も、面白いんじゃないですか。

うんこから見える歴史もある

ここで、話は思いもよらない方向にすすんでいく。子どもに大ウケしたうんこネタも、歴史を見るための重要な「目線」になるという。

本村:せっかく「やばい」をキッカケに歴史の入り口に立ったのなら、その視点から歴史を見てみるというのも面白いですよ。うんこの話を入り口にするなら、たとえばベルサイユ宮殿には、そもそもトイレ自体がありません。

本郷:そうですね。だって、いわゆる貴婦人のスカートが丸く膨らんでいるのも、トイレ用の壺を入れるためだって言うでしょ。

――そのままできる、便利設計ということですか。

本郷:まあ、だけど……。

本村:ええ。貴族はそれでいいけど、一般人たちは、もう、たいへんだったと思います。だいたい19世紀まで、ヨーロッパのトイレはそういう悲惨な状況だったわけです。それに対して、紀元前の古代ローマ時代はものすごく清潔だった。ちゃんと下水道が整備されていたんですから。

本郷:紀元前に下水道が! でも、なんでそこまできちんとできたものが、その後なくなっちゃったんですか?

本村:それはもう、メンテナンスする力がなかったんだ。

本郷:そんなシンプルな理由で……! 日本史の視点からいうと、江戸時代もトイレ関係はなかなか頑張っていました。下水道完備とまでは言わないけど、共用のトイレがあったんです。それで、たまった排泄物を買い取りに来る船もあった。

――買い取ってくれるんですか? 排泄物を?

本郷:ええ、いい肥料になるんですよ。そしてすくすく育つわけです、関東平野の野菜が。

本村:江戸の町から出た排泄物が、肥料になって、野菜やお米になって、また江戸の町に帰ってくる。よくできてるね。

本郷:非常にエコですよね。

本村:幕末に来たヨーロッパ人が、それに感心している記録もあります。

本郷:そうなんですか?

本村:排泄物を集める、という発想が当時のヨーロッパにはなかったから。上の階からドバーと下に流したりとか、宮殿のすみっこでしちゃうとか、そういう時代でした。