大人も知らない、ペリーの「やばい」話とは?
さて、ペリーといえば、特徴的な外ハネのヘアスタイルの写真が有名です。しかしあの黒々とした髪が、じつはカツラだったということをご存知でしょうか。
ペリーは日米和親条約の締結後にイギリスに立ち寄り、日本のことを書いた『日本遠征記』を出版するため、アメリカ領事で作家でもあるホーソーンに面会しました。
そのホーソーンの日記に、「ペリー提督が、今朝訪問(中略)。非常によくできているカツラのために、実際の年よりも若く見えた」(出典:『NHK歴史への招待15』日本放送出版協会(編)日本放送出版協会)と書かれているのです。
日本に来たときのペリーは59才でしたが、黒く豊かな髪のおかげで、たしかにとても若く見えます。
当時はフランス宮廷風のおしゃれカツラのブームはもう過ぎていたので、ペリーのカツラはおそらくハゲかくし用。でも、人はだれしもハゲる可能性があり、カツラをかぶるのは恥ずかしいことではありません。
謎は深まる
しかし「非常によくできている」のにバレている……とは、これいかに。ホーソーンの目の前でペリーのカツラがズレる大事件が起きたのか。はたまた「これ、よくできてるっしょ?」と自らカツラを外して笑いを取る、というのが当時のペリーの鉄板ネタだったのか。
ふたりがどんなやりとりをしたのかは、アメリカ史の謎に包まれています。
(本原稿は『東大教授がおしえる さらに!やばい日本史』(本郷和人監修)からの抜粋です)
東京大学史料編纂所教授。東京都出身。東京大学・同大学院で石井進氏・五味文彦氏に師事し日本中世史を学ぶ。大河ドラマ『平清盛』など、ドラマ、アニメ、漫画の時代考証にも携わっている。おもな著書に『新・中世王権論』『日本史のツボ』(ともに文藝春秋)、『戦いの日本史』(KADOKAWA)、『戦国武将の明暗』(新潮社)など。