「バブル」内部で感染者、連鎖は避けられず
安心・安全だけでなく「公平性」もないがしろ

 濃厚接触者に対する特例措置の背景には、出場機会を最大限確保するという「慈悲」の側面もあったかもしれない。

 しかし、最終的な決定の比重を、政府や大会組織委員会ではなく、対戦相手の方に傾かせている点で、批判の矛先がチームや選手たちに向けられる、いびつな構図ができあがってしまった。

 しかも、大会組織委員会は個人情報を保護するという理由で、選手村内で新型コロナウイルス感染者が確認されても、国籍や年齢、性別、肩書きだけでなく、入国日や入村日、国内での活動計画を含めたすべてを非公表にする方針を掲げてきた。

 もっとも、日本側がいくら秘密主義を貫いても、海外発の報道などでつまびらかにされる事態が続いている。南アフリカの場合は自国メディアや通信社などがまず伝え、それを受けて大会組織委員会も慌てて発表に至る泥縄的な展開だ。

 東京五輪・パラリンピックに対しては、政府や大会組織委員会、さらには国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長らが、そろって「安心・安全な大会」を謳ってきた。その前提条件として、選手やスタッフの移動が宿泊施設と競技・練習会場との往復に限定される、いわゆる「バブル方式」が採用されていた。

 外部との接触が遮断されるはずのバブルのなかで複数の感染者が出た事実は、選手村内でクラスターが発生するのでは、というさらなる危機感へとつながっていく。実際、イギリス紙『ガーディアン』の電子版は、南アフリカの件を受けてこう伝えている。

「東京大会での新型コロナウイルスの感染拡大への懸念と、多くのアスリートがウイルスによって棄権に追い込まれるかもしれないという不安が高まっている」

 いまは南アフリカチーム内で、さらなる感染者が出ないことを祈るしかない。しかし、五輪を含めたスポーツで何よりも大切にされる、公正公平の条件下で競技が行われなければいけないという前提は、前々から指摘されてきたことではあるが、東京五輪の開幕を前にして風前の灯火となりつつある。