進行の食道ガンステージ3を生き抜いたジャーナリストの金田信一郎氏が、病院と治療法を自ら選択して生き抜いた著書『ドキュメント がん治療選択』。そこに登場するがん医療の権威で米国でもがん研究を続けた中村祐輔氏(外科医・がん研究所)は、日本の医療界の問題に鋭いメスを入れます。第3回はがんの遺伝子パネル検査が日本で広がらない理由について。先進国がゲノム解析に積極的だったのに対して、日本の医療界は長く「ゲノムは役に立たない」と距離を取り、大幅に遅れました。がん治療を巡る考え方も制度そのものも、ギリギリの状況まで来ているそうです。(聞き手は金田信一郎)

■がん研中村祐輔氏の「がん治療選択」01回目▶「なぜ、日本はコロナワクチンが作れないのか。「白衣を着た詐欺師」たち」
■がん研中村祐輔氏の「がん治療選択」02回目▶「がん治療「標準治療」の罠、「あなたは治療不可です。死ぬのを待ちなさい」」

「すべてのがん患者をゲノム解析せよ」マニュアル化する医療への警告『ドキュメントがん治療選択』にも登場するがん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔氏

――前回までのお話ですと、日本はがん治療の研究でも、適切に評価判断して、将来性が有望な分野に優先的に予算をつけることができる状態になっていないんですね。

中村祐輔氏(以下、中村) なっていませんね。日本の研究者は、非常に視野が狭いと思う。私が30年以上前、アメリカのユタ大学にいたとき、染色体地図を作ろうとしていました。私たちの研究計画の評価会議に、ノーベル賞学者のジェームズ・ワトソン博士もいました。で、日本だと、問題点・課題を指摘され、研究費が減額されるのです。

 ところが、この会議では、「これはみんなの役に立つから、予定の2倍を出すから、早く研究を進めるように」と評価委員会が言う。ちょっと、日本では考えられないことですよね。この染色体地図の流れとして、1990年にヒトゲノム計画が始まったんです。

――30年前、ヒトゲノム計画がスタートしたわけですね。

中村 アメリカはゲノムのドラフトができたとき、ホワイトハウスで記者会見したんですよ。当時のクリントン大統領とイギリスのブレア首相が(テレビを通して)出てきて、記者会見して「ゲノムは重要だ」と。国のトップがそういう認識だったわけです。

 ところが、日本では、「ゲノムなんか役に立たん」と言った先生が何人かいて、その影響でゲノムにあんまり予算がつかなくなった。もう、最初からボタンの掛け違いがあった。

――ところで、私もゲノム解析をやってもらいたいんですが、どうやったらできるんですか。

中村 やりたいって言って、自分で経費を出せばできます。今、がんの遺伝子パネル検査(数百遺伝子)は一定の条件を満たすと保険が適応され、58万円でできます。しかし、研究レベルではすべての遺伝子を調べることが30~40万円でできるのです。例えば、がんができた場合に、どんな異常が起こっているのか。今は、早ければ1週間、遅くても1ヵ月で自分の情報を全部知ることができます。

――かかりつけ医でもやってくれる?

中村 やってくれません。ある条件を満たした特定の患者さんに対して、特定の病院で保険診療で実施しているだけです。

 本当は、がんの遺伝子パネル検査も、がん診断と同時にやればいいんですけど。今は、標準治療がなくなった人のオプションとして保険適用ができるだけです。

 それも、大きな病院だったらできますけど、地域の拠点病院ぐらいだとできません。しかし、遺伝子パネルで治療薬が見つかっても、多くの場合には、薬は自費ですから。がんの分子標的治療薬って、非常に高額です。安くても月30万円ぐらいですね。高いのは100万円とかかかるわけで、今度は経済的な悪性疾患になってしまいます。

 もう、医療制度はガラガラポン(の改革を)して、がんが見つかった人はみんな遺伝子を調べて、それに沿って、いろんな治療を考えていきましょうということにした方がいい。そうすれば、患者さんにとっては、最適の治療が受けられるし、治る人が増えてきて、医療費は逆に減ると思うのですけどね。そういう発想も許さない。

――多くのがん患者は、みんなに遺伝子検査をやる形にしてほしいと思うはずですけど。それが実現しないのは?

中村 医療費の問題ですよ。1人30万円として、新たにがんと診断される人は年間100万人いるわけですよね。そうすると、3000億円かかるわけです。私は、それに見合うだけの医療費削減効果があると思いますけど。でも、そういう計算もできない。とにかく、何か新しいことをすると医療費が増えると思ってしまう。だから、医療費を増やさないことが優先するという発想です。本当は、がん治療システムに革命的な変化を起こさないといけないと思いますけど。

 もう本当に、医療界はいろんな課題に対する対応がつぎはぎだらけで、ボロボロになってきているのに、何か起こるとパッチワーク的に対応する。考え方も、制度そのものもギリギリまで来ているんだと思います。

――今は、がんが見つかると外科手術をやるケースが多いわけですが、遺伝子パネルをやるようになれば変わってくる。

中村 全員が(手術を)しなくてもいいでしょうね。例えば、ステージ1の場合は、手術でほとんど治るので、そこまで調べなくてもいいと思うのですが、がんの種類によっては、それでも再発しやすいものがあります。

 要するに、治りにくいものを治していくという考え方でいいと思うんです。そうすると、すい臓がん、肺がん、食道がん、胆道がんなどは、ステージ1、2でもシーケンスするとかね。

 そうして、やっぱりどんどん、今まで治せなかった人を治す方法を考えていったらいいと思うんですよ。

――今、消化器系の固形がんでは、ステージ3ぐらいまでは、だいたい手術して、抗がん剤も併用します。この辺もかなり変わってくる。

中村 例えば、大腸がんステージ2で抗がん剤治療をやるのかどうか。再発する人が限られているのだから、その再発しやすい人を、もっといろんな技術で見つければいいと思う。化学療法をしなくてもいい人もいるわけで、それを科学的な方法で見つける。

 例えば(手術の)1ヵ月後に血液による検査をすれば、再発リスクが高いとか低いが分かるようになってきたのです。要するにゲノム解析の能力が上がってきているから。がんの診断法・治療法が変わってきているんですけども、それを体系的に見直さないで、つぎはぎだらけにするから、余計にひずみが出てきているわけです。

――今は、がんゲノムデータベースは使われているんですか。

中村 使われていないです。保険では、もうコストがかかりすぎるからですけどね。アメリカだと、医療機関や企業が連携して、みんなでデータを集めている。特に医療保険企業がそれをやっています。ビッグデータが集まらないと、こういう特徴を持っていると、このクスリが効きやすいかどうか、わかんないですよね。日本は、大規模医療データベースもできていない。

――アメリカは、その重要性が分かっているから協力してデータを集めるわけですね。

中村 アメリカにはファンデーション・ワンという会社があって、ロッシュ・グループですけど、そこが膨大なデータを集めている。ほかにテンパスというシカゴの会社もがんゲノムの膨大なデータを集めようとしている。

 結局、国としてどうあるべきか、日本には青写真がない。大きな設計図が本当は必要なんです。10年後、50年後に、がん治療がどうなってるのかという、イマジネーションが重要で、それに基づいて、何が必要かを考えていけばいいのです。しかし、日本はとにかく、目先のことしか見えない。

――自分でがん治療を受けてみてわかったんですけど、年に100万人もがん患者が出てきて、それをさばくためには、こういう人はこう治療するっていう流れが決まっていて、それに合わせて医師や施設が整備されてしまっている。だから、医者も病院も変われないじゃないかと。

中村 だから、人がすべてをやるのじゃなくて、大規模データを収集し、人工知能とかロボットとかを組み入れた医療を作っていかないといけないわけで。ところが、コロナワクチンを打つにも、問診を紙でやっているわけですね。いちいち、医者が聞き取っているんですね。終わったらシールを貼る。QRコードとかSNSとか、人工知能アバターとか使えばいいのに。こんな状態で、世界で生きていけるはずがないんです。

――医師の方って、「なぜ、自分は医療に従事しているのか」の思いに差がありますね。「医師の志」ってそれぞれ、かなり違いますよね。

中村 それは違いますね。

――医療って、画一的なものではないと思うんです。マクドナルドのアルバイトがハンバーガーを作るみたいに、マニュアル通りにやるのはおかしいと思うんですよね。まあ、そんなひどくはないんですけど。

中村 いや、おっしゃる通りだと思いますよ。人によってはそうですよ。

――そう感じてしまいますね。20世紀の工場みたいな働き方やめてほしいなってすごく思いました。

中村 ほんと、何も考えずにマニュアル通りにしかできない医者、いっぱいいますよ。

――そうですね。

中村 ある患者さんは37歳で初めてがんと診断された時に、「99%助かりません」と言われたそうです。「あなたが受ける抗がん剤治療は、ここで受けても、地元で受けても同じです。スーパーは近い方がいいですよね。それと同じです。だから、地元で受けてください」って。

 自分が知っている医師だったので、がっくりしたっていうか、もう患者さんが気の毒で。まったく患者さんの気持ちに寄り添っていないわけです。本来、医者って、患者さんに希望を与えなければダメなんですね。それなのに、患者さんを絶望に突き落としてしまう。そんなことを言われた患者さんは、その日から、ご飯もおいしく食べられなくなりますよね。「これが医療か」と思うようなことをする医者って、いっぱいいますよ。

――治療を受けていて、治る気がしないですよね。

中村 やっぱり、医師がともに闘ってくれるという形で対応してくれるかどうかによって全然、患者さんの病気も気持ちも違ってくると思うんです。

――だから、そういう病院では、受けたくないですよね。結局、自分で病院や治療を選ぶことができて、本当によかったです。

中村 そうですね。

――いや、でも振り返って、「これが標準治療です」って医師から言われると、従わないといけないのかと思っちゃいますよね。

中村 「標準治療」って、本当に、教科書に書いてある最低限のことですからね。個人差は考えてない。いくつか治療のオプションがあって、それらを提示できればいいけど、何かもう「これしかない」みたいな形で提示する人がたくさんいるんです。

――そこは、患者としても気をつけて医師と向き合い、治療を受けないといけませんね。そういう医療界の構図をうかがうことができるありがたいお話でした。今日は、本当にありがとうございました。
(完)