進行の食道ガンステージ3を生き抜いたジャーナリストの金田信一郎氏が、病院と治療法を自ら選択して生き抜いた著書『ドキュメント がん治療選択』。そこに登場するがん医療の権威で米国でもがん研究を続けた中村祐輔氏(外科医・がん研究所)は、日本の医療界の問題に鋭いメスを入れます。第2回は日本のがん治療が「標準治療」至上主義になってしまった原因について。なぜ患者一人ひとりに合わせた医療を提供できないのでしょうか。(聞き手は金田信一郎)

■がん研中村祐輔氏の「がん治療選択」01回目▶「なぜ、日本はコロナワクチンが作れないのか。「白衣を着た詐欺師」たち」

がん治療「標準治療」の罠、「あなたは治療不可です。死ぬのを待ちなさい」『ドキュメントがん治療選択』にも登場するがん研究会がんプレシジョン医療研究センター所長の中村祐輔氏

――日本の医療界では「標準治療」が絶対的な力を持っているように見えます。医師は「これが標準治療です」と言って押し付けてくるし、患者も患者で「標準治療を受けていれば間違いない」と信じている人が多い。

中村祐輔氏(以下、中村) 2000年ぐらいから急激に「標準化」と言われ始めました。医療の標準化というのは、ある意味、必要だったかもしれない。でも、今では、もうマニュアル通りに受けるのが「患者の義務」みたいな感じになってしまった。

――それでいいのでしょうか?

中村 20世紀はよかったのでしょうね。20世紀というのは、こっちの医療をやった1000人と、あっちの1000人を比べて、どっちが有効だったかという形で新薬や医療が生まれてきたわけです。

 でも、現代は遺伝子の解明が進んで、患者ごとに大きな違いがあるというのがわかってきたわけですよ。個人個人の違いを考えた治療を提供できる時代になってきたわけです。私は「オーダーメイド医療」の概念を1990年代半ばから提唱していましたけども、技術的な進歩によって、それが実現できるようになってきました。

――2000年から「標準化」と強く言われたのは、何か理由があったんですか。

中村 結局、医師がみんなバラバラに治療をやっていて、スタンダードがなかったわけですね。あまりにも医師が好き勝手にやっている。だから、「やっぱり医療を標準化、そして、全国で均てん化しないといけない」となった。がん対策基本法なども整備されて、「標準化がかなり大事だ」ということになったんです。

 ところが、医者がマニュアルに書かれた治療を提供することが自分の責任を果たせると思うようになってしまった。その結果、目の前の患者さんごとに反応が違うということを、意識しなくなってしまったんです。

――それまではもうちょっと、患者ごとに合わせた治療をやっていた。

中村 悪い言い方をすると、好き勝手にやっていた側面があったんですけどね。だから、ある意味で標準化の成功した面もあったと思います。けれどもAよりBという薬の方が効く人がいても、BよりAという薬の方が効く人もいることがわかってきている。にもかかわらず、それに目を背けて、「とにかく標準治療だ」と。

 標準治療がある間はいいのです。患者さんにうまく対応できることもある。でも、標準治療がなくなった途端に医者はお手上げになって、もう平気で患者に、「あなたは死ぬのを待ちなさい」という感じで宣言することが増えてきたわけです。

――もうそれ以外のことはできないわけですね。マニュアルに書いていないから。

中村 保険診療という制度によって病院が縛られているという実情も確かにあるんですよね。余計なことをすると、病院にペナルティーが下るので、要するに決められた通りのことだけをする。それが、厚労省と保険診療という世界ですから。

 医療費がどんどん膨らんできて、保険財政が厳しくなってくると、縛りをきつくする。この「縛りをつける」のと、「標準化」というのが完全にマッチしてしまって、一定の治療法を提供するという形で、どんどん医師と病院を束縛しはじめたわけです。

 自由診療を一つでも受けると、「全額自分で払いなさい」となる。明らかに不合理な状況が進んできて、新しいものを生み出す力がなくなってしまったわけです。

――やはり、医療費が膨らんできて、財政が厳しいから、効率的でマスに効くことだけをやりましょう、となったんでしょうか。

中村 それは、多分20世紀の間はよかったと思うんです。21世紀になって、患者さんごとの個性を知ることができる時代になってきたにもかかわらず、定型的な医療行為しか許さない。明らかに科学の進歩を捉えられずに、医療行政が進んできた。その弊害が出てきている。

――今の話は皮肉ですね。21世紀になったというのに、工業化でマニュアル作業になっていった20世紀の産業に近い発想ですね。

中村 多くの医師たちが使う、「エビデンスがない治療」って言う批判ですが、どんな治療法でも、最初は有効だっていうエビデンスなんてあるはずがない。今では優秀な治療実績をあげている心臓移植や骨髄移植だって、最初は悲惨なものだったわけで、その壁を乗り越えてきたんです。

 日本は、海外で実績が得られて、いろいろ統計学的な差というエビデンスが揃っているものしか「科学」として認めない。本来は、基礎から積み上げていってエビデンスがあるものにしていくのですが、その力を失いかけている。

 がん組織からリンパ球を取り出し、対外で増やして、そのリンパ球を注射するがんの治療法っていうのは、もう1990年代から始まっているんです。それが、なぜ2018年にNature Medicineと言う超一流の学術雑誌から世に出たかというと、科学的に証明したわけです。注射すると効く人のリンパ球はどんな種類のものかを。

――誰がやったのですか。

中村 この論文はNCI(アメリカ国立がん研究所)です。我々も、もう10年以上前からいろいろながんで免疫療法に取り組んでいます。2020年、近畿大学の安田卓司教授が、論文を出しているんですけど、ワクチンをしている人としていない人では、5年生存率が倍ぐらい違う。

 この動画映像を見てください。(パソコン画面に、緑色に染色されたがん細胞が、リンパ球に囲まれて、消滅していく映像が流れる)

 我々の体の中には、がんをやっつけようとするリンパ球がいるんです。緑色に染色したがん細胞がどんどん減っていきますね。これは、6時間の映像を数十秒に圧縮したものです。

――劇的な効果があるわけですね。

中村 ところが、こういう映像を見せても信じない人たちがいっぱいいるんです。

 がんは遺伝子異常で起こる病気なんですよ。それは、ゲノムを調べればすぐにわかるわけです。そうすると、がん細胞の周りに、がんにしかない目印がいろいろとあるのが、すぐわかるんです。今だったら、1週間足らずで、がんの特徴を知ることができる。

 人工的に(がんの目印を)作って注射するネオアンチゲン療法は、中国やアメリカでかなり治験が進んでいる。

 リンパ球がわかると、がんの目印と鍵と鍵穴の関係ですね。鍵穴がわかったら、鍵穴を人工的にいっぱい入れてやることができるわけです。遺伝子操作で簡単にできる。いろんな形で患者さんの免疫を高めることができる時代になってきたんですよ。

――なぜ、こうした治療法が広まらないんですか。

中村 まあ、「治療費がかかって大変だ」っていう人がいるんですね。確かに、少人数だったら、何千万円単位でかかりますけど、患者が増えればコストは下がるわけですから。そして、命を助けることができる。我々の理想は、がんで患者さんを亡くさないことです。

 ところが、そういう考え方が日本では「異端」となってしまう。「標準医療がなくなった人は、そのまま息を引き取ってもらおう」みたいな医療になってきているわけです。

――確かに、日本には免疫療法をネガティブに見ている人が多くいます。でも、海外で治験が進んでいて、論文も出て映像もあるのに、それでも理解できない人たちがいる?

中村 そこには利権もあるわけです。今回のコロナ対策と同じですが。やっぱり、自分たちの既得権益を守りたいわけです。日本の「ムラ社会」の弊害がこういうところにも表れているわけです。

――既得権益というのは、医療界の人たちの既得権ですか。

中村 まあ、「日本において一番でいたい」という考え方で、これまで医療界はこのような考えが非常に強い。「外国人には負けてもいいけど、国内では負けたくない」というね。日本では自分たちを凌駕するようなことをやってほしくない、という考え方です。

――かなり歪んだムラ意識があるわけですね。

中村 今回のコロナのPCR検査がなかなか進まなかったのも、PCR検査をどう広めればいいのか、知識がなかっただけの話だと思います。コロナウイルスのゲノム解析も同様です。結局、最新の知識を知らない人たちが自分たちの古い知見で考えてやりくりしようとするから、「難しい」という話になって、PCR検査を「やらなくていい」とか言ってしまう。そうすると、そのままずっとボタンの掛け違えが続いてしまう。

 遺伝子が変わって危険度が増すわけですが、それを理解するためには、ウイルスのゲノムの解析をしないとわからない。特定の遺伝子異常を持ったものが増えてきて初めて、こいつは危険だってわかるんです。だから、地域ごとに、きちんと調べていかないとならない。でも、「調べないとわからない」ということさえわからない人たちが、コロナ対策を練っているわけです。
(2021年8月27日公開予定記事に続く)