職場や家庭、SNSなどで、その場の感情に任せて相手に怒りをぶつけてしまい、後悔したことはありませんか。発端はささいなことだったのに、ぶつけてしまった怒りが人間関係を傷つけ、その後、取り返しのつかない大事に発展することも少なくありません。
そんな失敗をしないために必要な、怒りをうまくコントロールして日々を平和に穏やかに過ごすコツを教えてくれるのは、精神科医の伊藤拓先生です。
20年以上にわたり、のべ5万人を診てきた先生の著書『精神科医が教える 後悔しない怒り方』から再構成して紹介します。

【精神科医が教えます】ガマンは寿命に悪影響? ときには怒りの発散が必要なワケPhoto: Adobe Stock
伊藤拓(いとう たく)
精神科医
昭和39年、東京都西東京市出身。東京大学理科Ⅱ類(薬学部)卒業後に医師を目指し、横浜市立大学医学部医学科に再入学。卒業後に内科研修を1年履修した後、精神科に興味を抱き、東京都立松沢病院で2年間研修する。平成5年に医師免許、平成10年に精神保健指定免許を取得。現在、大内病院副院長。
精神科医としてこれまでの27年間でのべ5万人以上を診ている。統合失調症、気分障害(躁うつ)、軽症うつ病の分野で高い評価を得ている。

抑えられない怒りに悩む人たち

誰にでも怒りの感情はあります。

他人を大声で怒鳴り散らして平気な顔をしている人もいれば、ほんのちょっと言葉を荒らげてしまっただけで「あんなこと言わなきゃよかった」と後悔する人もいます。きっと、過去に自分が怒ったときのさまざまな失敗を思い出して、「これからはできるだけ怒らないようにしよう」と考えている人もいるでしょう。

しかし、そう思ってはいても、怒りを抑えられないことがあるものです。

そんなとき、「いったいどうすれば、自分の感情を抑えて怒らずに済ますことができるんだろう」という思いをつのらせている人も多いのではないでしょうか。

「怒り」は生存に欠かせない感情

ひと言で言えば、怒りの感情は「警報ブザー」のようなものです。

それは、動物が生存競争の中で生き残っていくための「危機管理システム」として搭載された警報ブザー。この警報ブザーが搭載されているのはヒトだけではありません。感情がある動物、たとえば、イヌやネコなども腹を立てると、唸り声を上げたり歯をむき出したり体毛を逆立てたりします。そうした行動も、危機管理システムを働かせて怒りという警報ブザーを鳴らしているわけです。

多くの場合、警報ブザーが鳴らされるのは、自分の身が「危険にさらされたとき」です。自分と敵対する何者かに出くわしたり、誰かから侮辱されたり、危害を加えられそうになったりして、「うわ、困ったことになりそうだぞ!」「さあ、この状況を何とかして打開しなくちゃならないぞ!」というストレス状況に陥ったときにブザーが鳴らされて、「怒り」が湧き起こってくることになります。

ブザーが鳴らされると、心身はその状況を回避しようとしてスクランブル態勢をとるようになります。つまり、自律神経が「戦闘モード」に切り替えられるのです。

すると、心拍数や血流が上がり、アドレナリンやノルアドレナリンなどの精神を攻撃的にシフトするホルモンがさかんに分泌されて、目の前のピンチを乗り越えるための臨戦態勢が敷かれます。言わば、自分の戦闘レベルを引き上げようと、心と体にどんどん薪をくべて、さかんに焚きつけるわけですね。

そして、怒りの感情は、こういった危機が迫った際に自分の身を守り、確実に生き残っていくために、ごく自然に湧き上がってくるものと考えられています。

危険が目の前に迫ったストレス状況下において、とられる行動は基本的に二者択一で、それは、「闘争」か「逃走」かのどちらかです。