2020年3月、外資企業の大攻勢に苦しむ「出前館」に、30代の若きマーケターがやってきた。元キックボクサーにして、15年間にわたりネット広告やマーケティングの世界に身を置いてきた藤原彰二氏。DX(デジタル・トランスフォーメーション)を積極的に進め、IT業界で注目される人物だ。同年6月には同社ナンバー2の取締役/COOに就任して大胆な社内改革を敢行。ダウンタウン浜田雅功を起用した「スーダラ節」の替え歌CMを世に送り出し、売上・利用者数・加盟店数の飛躍的な拡大につなげた。そこまで明かして大丈夫? というくらい出前館の改革を詳細に記した藤原氏の初の著書『それっておかしくね? 「素朴な問い」から始める出前館のマーケティング思考』(ダイヤモンド社)刊行を記念して、CM制作を担当した見市沖氏(電通)との対談の後編をお届けする。
めるるのCMは「非常にウェブ的な発想」
藤原彰二(以下、藤原) めるるの地区別CM「地元の人気店」の話もしましょうか。
見市沖(以下、見市) あのタイプのTVCMは他にないんですよ。地域やタイミングによって違うCM素材を低コストでどんどん作り替えられる運用フローは藤原さんから提示されましたが、非常にウェブ的な発想だなと思いました。広告クリエーティブのやり方からは生まれてこない。デジタルの運用型コミュニケーションを極めてきたからこそのアイデアですよね。
藤原 「撮って終わり」がもったいないと思ったんですよ。TVCMって。
見市 広告クリエーティブの仕事をしていると、自分の成功体験にしばられて、いつしか隠れた前提条件みたいなものを疑わないようになってしまうんですよ。そういう意味では、藤原さんたちにいつもそこを試されてる気分でした。
藤原 CMプランナーは発想しない作り方なんですか、あれは。
見市 テレビCMって、基本的には「1つのことしか言うな」ってセオリーがあるんですよ。なのに、めるるのCMは15秒しかないのに情報が10個くらい入ってるじゃないですか(笑)。お店を3つも紹介していますし。でも要は伝えたいことって、「出前館というプラットフォームには、すごく個性的なお店がいっぱい入ってますよ」ということだけですよね。それが印象付けられているという意味ではセオリーに矛盾していない。目的にかなっていると思います。
CMを5秒ずつ3つのユニットに分解する
藤原 15秒のCMを5秒ずつ「ヘッダー」「コンテンツ」「フッター」という3つのユニット構成にして組み合わせる、みたいなことも熱弁しましたよね、僕。
見市 その呼び名からして完全にウェブの考え方、ランディングページ(訪問者が最初にアクセスするページ)の発想ですよ(笑)。普通、CM業界でそういう言い方はしません。
藤原 構成要素をバラバラにして、パズル状態にする。そうすれば、サービスが変わった瞬間に「コンテンツ」部分だけを新規に撮影すればコストが低く抑えられるし、視聴者にも飽きられないなと。
見市 CMの世界では絶対にやらないですね、そんなこと。
藤原 もともとはABCマートとかWOWOWのCMがヒントなんですよ。WOWOWも、ヘッダーとフッターだけ共通で、コンテンツ部分である「今月のおすすめ作品」が挟まってるじゃないですか。あれいいなと思って。
見市 コンテンツの部分にタレントさんを使わない構造にすれば、どんどん入れ替えていけるんですよね。本当にデジタルの考え方だなと感心しました。
藤原 3つのユニットを「5秒、5秒、5秒」じゃなくて「5秒、7秒、3秒」にするとか、いっそユニットを「ヘッダー」と「コンテンツ」の2つだけにして「5秒、10秒」にするとか、そういうのも考えました。
見市 「5秒、10秒」ってつまり、最後の「出前館で検索」みたいなのはいらないんじゃないかということですよね。そのぶん、コンテンツをきちんと紹介して引きを作ろうと。その概念図がいきなりLINEで送られてきましたけど、最初はさっぱり意味がわかんなかったです(笑)。
世の中に合わせない
藤原 見市さんはよく、「世の中に合わせない」ことが大事だとおっしゃいますよね。
見市 はい。たとえば、いま企業の間でのブームはSDGsだから、誰もがそう言うじゃないですか。社会的な意義が大事、とか。でも、みんながこっちだと言っている時はちょっと怪しいんです。みんなが言ってるということは、すぐに他社と似てしまい、コミュニケーションが埋もれるということですから。それに、出前館さんのようなフードデリバリーって、コロナ禍においても、その後の未来においても、常に社会的意義のある事業だと思うんですよ。
藤原 サービス自体に社会的意義がそもそもあるんだから、改めて社会的意義があるブランドだとは……
見市 口に出して言わないほうがいい。「正しい顔つき」よりも「楽しい顔つき」を作って、楽しく社会を良くしていくブランドになった方がいいと思います。
藤原 たしかに、企業CMで社会的意義を唱える内容のものはよく見ますけど、ユーザーが心から求めてるのって、「そんなCM作ってるお金があったら、もう少し安くしてくれよ」だったりします。ユーザーのことを考えてないんですよね。企業が自分たちの価値を説明したいだけで。ユーザーが置いてけぼりなのは気持ち悪い。
見市 企業側の意識が高尚になりすぎちゃってる側面はあるかもしれません。
藤原 そういうのはPRでやればいいと思うんですよ。単に予算の付け方の問題で、その分の広告費をPR予算に振り分けるだけですから。
当事者の人格をなるべくそのまま世の中に出す
見市 「楽しい顔つき」に話を戻すと、浜ちゃんのCMの話と一緒で、コミュニケーションは送り手の人格がにじみ出た方がうまくいくんです。だからCMも、藤原さん率いる出前館の皆さんの人格、やんちゃなキャラがそのまま世の中に出た方が愛されると思いました。出前館さんに限らずですけど、僕は事業を担っている当事者の人たちの人格をなるべくそのまま、チャーミングに世の中に出すように心がけています。
藤原 その話を聞いて思ったんですけど、CMプランナーからの提案の場に、会社を体現している、なおかつ決める権限のある当事者が同席していないとダメですね。
見市 本当にそうです。規模の小さいスタートアップ企業だと、CEO自ら「このタレントさんでやりたい!」とおっしゃる方が多いんですけど、それが一番うまく行きます。その人の人格、そのキャラクターを表すCMを作って世に出していけばいいので。担当者と決済者の意識がズレていると、「CMはすごく真面目でいい人そうなキャラの企業なのに、実際のサービスは元気でお祭っぽい」みたいなことが起こり、キャラがぶれてしまいます。
藤原 それに、決められない人に提案したところで、結局は無難な案しか選ばれないですからね。
見市 それで言うと、よくあるのは「このタレントさんの客観的なデータをください」というご要望です。好感度とか人気度の指標みたいなものですね。お出しするはするんですけど、それって決めるための安心材料、もっというと保険でしかない。社内説得のための保険。藤原さんの場合、それがまったくない(笑)。「この人がいいです」、以上。
CMは目的ではなく手段
藤原 結局、決定者が会議に出ろって話なんですよね。ただ、僕と見市さんは直でガンガンやり取りしていましたけど、本来はクライアントとクリエーティブの間に、代理店の営業さんが入るのが普通だと聞いています。
見市 はい。広告代理店の仕事の進め方として多いのが、「クリエーティブの人間はクライアントの対面に立たせすぎない」というものです。「クリエーティブはアイデアを考える仕事だから、事情に巻き込まずに、純粋にクリエーティブに集中させよう」という文化ですね。でも僕、それは間違っていると思うんですよ。クリエーティブは、意志を持って事業を進めている当事者と触れて初めて、そのブランドが世の中にどう見えていくべきなのか、どうすれば愛されるのか、手触りを持って考えることができる。
藤原 営業さんは常に同席されてましたけど、常に見市さんが一番前にいた印象です。
見市 クライアントと向き合わないクリエーティブは、クリエーティブではないです。出前館の仕事は、藤原さんと、戦略も考える弊社営業と、クリエーティブ担当の僕、その3人で直接LINEグループで繋がらせてもらってましたよね。その率直なやり取りがよかったと思います。スピーディーに質高く打ち返していただきましたし、とにかく意思決定も早かった。これってすごく珍しいんですよ。
藤原 そうなんですか(笑)。
見市 あとは、藤原さんがいい意味で知らない領域にズカズカ入っていかれるスタンスだったのも良かったです。CMって別に崇高なものでも何でもないんですけど、「クリエーターの方にそんなに考えていただき、ありがとうございます」とおっしゃるクライアントさんは多くいらっしゃるんです。それはそれですごくありがたいのですが、藤原さんにそういうのは一切ありませんでしたから。僕はそこが面白かったし、刺激的でした。
藤原 本来CMは課題を解決するためにあるのに、CM自体が目的になってるケースもあると思うんですよ。そうなると大御所クリエーターさんが……みたいな発想になるかもしれませんけど、うちはそういう考えじゃない。CMは伝えたいメッセージを伝える手段にすぎませんから。
見市 おっしゃる通りだと思います。
藤原 だから僕、CMの基本設計や運用フローにはこだわるんですけど、中身に口を出したことはなかったと思います。
見市 藤原さん、撮影現場でも「いいっすね」しか言ってませんでしたよね(笑)。
見市沖(みいち・おき)
2006年、電通入社。近作は「タイムツリーはじめました」「ポッキー」「パズドラ」など。TCC新人賞、ACC賞国際PRゴールデンアワードなど受賞多数。「世界に愛されるブランドをひとつでも多く増やす」がモットー。