誰のキャッシュフローなのか問題
さて、先ほどは一口に将来のキャッシュフローといいましたが、「そのキャッシュフローは誰のものか問題」というものがあります。誰にキャッシュフローが帰属するのかがなぜ問題になるかというと、将来のキャッシュフローを現在価値に割り戻す際に、キャッシュフローを生み出すのに必要な資金を拠出した主体(債権者や株主)の資本コストで割り戻す必要があるからです。
立ち上げ間もないスタートアップ企業をイメージしてもらえればわかりやすいと思います。会社設立時に株主が資金を拠出し株式を保有し、そのでき上がった会社に金融機関が貸付を行ったりするなどして、企業は事業に必要な資金を調達します。
このように調達した資金をもとに企業は事業を行うわけですが、事業から生み出されたキャッシュフローが、株主に帰属する資金(株式)からくるものなのか、債権者に帰属する資金(銀行借入や社債など)からくるものなのかは正確には判別できません。
お金に色がないのは皆さんもすぐにおわかりいただけるかと思います。ただ、資金の出し手からすると、資金の出し方(株式なのか貸付なのか)でリターンの期待値、つまりリスク度合いが異なってきます。
仮に、会社が倒産したとなると、株主と債権者でどちらが優先的に資金回収できるかというと、銀行などの資金の貸し手である債権者です。株主の優先順位は低く、最悪の場合、株式は紙くずとなります。したがって、資金の出し方によってリスクが異なることがおわかりいただけるかと思います。
このように、キャッシュフローでも資金の出し手によってリターンの期待値が異なり、同時にリスクに対しても許容度が異なるといえます。
ただ、先ほども見たように、「このキャッシュフローは株式で集めた資金で行った事業から生み出されたもの、このキャッシュフローは借入で集めた資金で行った事業から生み出されたもの」と色分けをして考えるのは難しいです。そこで、理論株価、つまり株式価値を算出するためには、会社全体のフリー・キャッシュフロー(FCFF, Free Cash Flow for the Firm)から会社全体の価値、企業価値(EV, Enterprise Value)を算出し、負債価値を除いて株式価値を算出するというのが主流の考え方になります。
では、会社全体のフリー・キャッシュフローとはどのようなものかについて見ていきましょう。
FCFF=利払前税引後当期利益+償却費-運転資本増減-設備投資 ……(2)
(2)の式で使用する利益は、企業価値を求めるために、株主と債権者に帰属するキャッシュフローを計算したいので、利払前の利益を使用します。EBIAT(Earnings Before Interest After Tax)やNOPAT(Net Operating Profit After Tax)などと呼ばれます。
企業価値は、毎年のFCFFを割引率で割り引いて合計し、算出します。
企業価値は株式価値と負債価値の合計ですから(3)の式のように表すことができます。
また、(3)’の式のように企業価値から負債価値を除けば株式価値を算出できます。
企業価値=株式価値+負債価値 ……(3)
株式価値=企業価値-負債価値 ……(3)’
こうすることで、株式価値を計算する際に、キャッシュフローが誰に帰属するのかを考えないで済みます。
この考え方であれば、割引率もシンプルに考えることができます。資金調達における負債と株式の比率はわかるので、それぞれの資本コストで加重平均します。これがWACC(Weighted Average Cost of Capital)と呼ばれる割引率の考え方です。