負債のない企業の割引率はどうなるのか
ここまでWACCについての考え方を見てきました。WACCの課題については触れたとおりですが、資本構成が負債と株式で構成されている際には、それらの資本コストをそれぞれの構成比率で加重平均するという非常にわかりやすいものです。
さて、ここでわく疑問としては「負債がない企業の割引率はどうなるのか」ということです。
日本企業の中でも、高収益の事業を持つ場合には、負債がない企業も少なからず存在します。つまり、総資産と株主資本がほとんど同規模のような会社です。そのような資本構成の企業の場合、WACCの考え方に沿えば、割引率は株主資本コストだけになります。
通常、負債の資本コストは株主資本コストよりも低く、WACCで考えれば、資金調達は負債を適度に織り交ぜて調達するほうが会社全体の割引率は低くなり、企業価値にとってはメリットが大きいと考えられます。
ファイナンスの最適資本構成の話の中では、負債による税効果を考慮に入れれば、負債比率次第では、負債がない場合よりも企業価値を引き上げます。また、負債比率が上昇しすぎるとデフォルトコストが発生し、税効果部分を打ち消していくと論じられます。では、負債がない企業の割引率は相当高くなり、不利になってしまうのでしょうか。
ここでは、以下のような企業AとBを例に、それぞれWACCを求めてイメージを持ってみましょう。
企業Aは、総資産を負債と株式で半分ずつ調達しているとします。その企業Aの負債コストが2%、また(5)の式と負債のレバレッジ分を調整し(注1)、株主資本コストは12.6%(=0.7%+1×(1+(1-0.3)×1)×7%)とします。
(注1)リスクフリーレートを0.7%、βをレバレッジなしの場合で1.0、税率を30%、D/Eレシオはこの場合1、株式リスクプレミアム(ERP)を7%とする。レバレッジがある企業のβは、(レバレッジなしβ)×(1+(1-法人税率)×D/Eレシオ)として算出。
すると、WACCは借入の税率を考慮して、以下のように計算できます。
企業AのWACC=2%×(1-0.3)×0.5+12.6%×0.5=0.7%+6.3%=7%
では、総資産の資金調達をすべて株主資本で調達している企業Bはどうでしょうか。同じWACCの考え方でいけば負債がないので、すべて株主資本コストとなります。ここでの株主資本コストは、(5)の式とレバレッジなしの条件を考慮して、以下のように計算します。
企業Bの株主資本コスト=0.7%+1×(1+(1-0.3)×0)×7%=7.7%
あくまでも前提を置いての話ですが、資本構成も変えてそれぞれの割引率を計算してみた結果を見ると、資本構成にかかわらず、割引率は大きくは変わりません。
この「散々計算してきたけど、割引率の水準は大して変わらなくないか?」という状況、実は、機関投資家時代に株価を算出していた際にも感じていたことです。
割引率次第で企業価値、ひいては株主価値は大きく変化するため、重要な要素であることは間違いないのですが、割引率においては、株式リスクプレミアム(ERP)の水準が最も重要だということです。
ただし、このERPは投資家のリスク選好度次第でいかようにも変わってしまうことから、割引率を考える際には、個別企業のβ値や資本構成から割引率を考えるよりも、株式市場の熱量を把握することのほうが理論株価を算出する際には重要だというのが私の考えです。