株主価値をいきなり求められないのか?
ただ、(3)’の式のように企業価値を算出し、そこから負債価値を引いて株主価値を求めるのは回りくどく、もっと簡単に株主価値を求めることができないのかという意見もあるかと思います。
そこで出てくるのが、(4)の式のように、株主に帰属するキャッシュフロー(FCFE, Free Cash Flow for Equity)を考えて、いきなり株主価値を算出するというアプローチです。
FCFE=当期純利益+償却費-運転資本増減-設備投資 ……(4)
(4)の式はシンプルに見えますが、いろいろと突っ込みが入ります。
たとえば、運転資金や設備投資が、必ずしも株主資本や調達資金だけで賄われたわけではないだろうという指摘です。
その指摘に対しては(4)’の式のように、負債比率d(負債÷負債純資産合計)を考慮してFCFEを計算します。バランスシートの資本構成比率どおりに今後も資金調達がされ、その比率で投資がされるという前提であれば正しいことになります。
FCFE=当期純利益-(設備投資-償却費)×(1-d)-運転資本増減×(1-d) ……(4)’
ただ、当期純利益に関しても、株主資本「のみ」から生み出されたキャッシュフローではない(つまり負債によって生み出された事業の利益も含んでいる)ので、株主価値を算出する際に当期純利益を使うのはおかしいという指摘もあります。
こうなってくると、やはり先ほど見たように企業価値から負債価値を引いたものを株式価値とせざるをえません。
負債がない100%株主資本で調達されている企業については、FCFEで株主価値を算出することができます。ただし、すべての企業がそうした財務内容ではないので、さまざまな企業に当てはめて考えようとすると、使い勝手が悪いことになります。
何で割り引くのか問題
さて、ここまでキャッシュフローについて見てきましたが、ここからは割引率について見ていきましょう。割引率にもいろいろと議論すべき点があります。
先ほど、企業価値を算出する際には、会社全体のキャッシュフローであるFCFFをWACCで割り引くという話をしました。
その際に株主資本コストの計算で用いられるのが、CAPM(Capital Asset Pricing Model)です。CAPMでは個別証券の期待リターンを以下のようにとらえています。
個別証券の期待リターン=リスクフリーレート+β×(市場ポートフォリオの期待リターン-リスクフリーレート) ……(5)
個別証券の期待リターン=リスクフリーレート+β×株式リスクプレミアム ……(5)’
(※)(市場ポートフォリオの期待リターン-リスクフリーレート)を株式リスクプレミアム(ERP)と呼びます。
個別証券の期待リターンと株主資本コストとは、コインの表と裏のような関係であり、これを株式の割引率とします。
CAPMは、理論株価を算出しようとしている企業の「過去」の株価の振る舞いから、株式市場全体の株価の動き(β値といいます)を考慮してリスクとします。
株価変動をリスクとしてとらえるのはそのとおりなのですが、将来のキャッシュフローを割り引く割引率がそもそも過去のデータをもとにするものでよいのかという疑問がわきます。DCFモデルでは、割り引かれる分子(ここでは将来のキャッシュフロー)と、割り引く分母(ここでは割引率)がそれぞれ対応していないといけない、と考えるのが自然です。
将来のキャッシュフローが予測値であるならば、割引率も予想値にしないといけないとなると、たとえばβ値を考える際に、株式市場全体と個別企業の株価動向を予想しないといけなくなり、「そもそも理論株価を算出するのに、その株価を予想しないといけない」というループにはまってしまいます。
WACCも過去のβ値を使うことで、将来の株価の動きを予想しなくていいという割り切りができているので使い勝手はいいのですが、分子であるキャッシュフローと分母であるWACCの時間の整合性がとりきれないという課題を抱えています。