GAFAは年間2~4兆円分の自社株式を従業員に譲渡している一方で、日本企業は従業員の給料を犠牲にしてROAを維持している――。そんな衝撃的な事実から、私たちは何を学べるだろうか。
2021年3月19日に開催され、大好評のうちに終わったセミナー「三位一体の経営で、失われた30年を取り戻す」より、楠木建 一橋大学教授、中神康議 みさき投資社長、清水大吾 ゴールドマン・サックス証券業務推進部長の3人によるディスカッションをお届けする。(構成:上村晃大)

毎年2~4兆円分の株を従業員に持たせるGAFAから学べること楠木建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
1964年生まれ。89年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部助教授および同イノベーション研究センター助教授などを経て、2010年から現職。専攻は競争戦略。『逆・タイムマシン経営論』(共著、日経BP)ほか著書多数。

GAFAは優秀なタレントを
集めるために何をしているか

楠木建(以下、楠木) 今日の中神さんのデータで一番衝撃的だったのは、こちらです(図表8)。平均的な傾向ですが、経営者は、労働分配率を犠牲にしてROAを維持していく節があるということですが。

毎年2~4兆円分の株を従業員に持たせるGAFAから学べること図表8

 日本の美徳だった労使の二人三脚とは、現実はずいぶん違うのかなと思いました。失われた30年と言われますが、30年連続して失われることができるというのは、ある意味ですごい底力だと思います。ほかの国であれば、スラムができたり、暴動が起きたりしますから。ところが日本の場合、粛々と30年間安定して静かに平和に失われることができるというのは、社会としての底力があるということです。

 ビジネスの視点から見ると、労使の二人三脚で今までやっていたことの意義は大きかったと思うんです。それが今揺らいでいるというのは本当に大問題。まず私は、経営者が従業員に対して気前よくならないといけないと思うんです。気前がいいなというところを見せなければならない。例えば、ある一定額は必ず従業員に株をあげていく。

 株で給与を払う。役員になるとそういう仕組みはあると思うんですが、従業員みなに対して一定額の株を10年間渡していく。ただでさえ、日本の内部持ち株比率は平均的に低いですから。1%を10年渡していけば10%になりますよね。

毎年2~4兆円分の株を従業員に持たせるGAFAから学べること中神康議(なかがみ・やすのり)
みさき投資株式会社 代表取締役社長
慶応義塾大学経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。20年弱にわたり幅広い業種の経営コンサルティングに取り組んだ後、2005年に投資助言会社を設立。2013年にみさき投資を設立し、現職。著書に『経営者・従業員・投資家がみなで豊かになる三位一体の経営』(ダイヤモンド社)、『投資される経営 売買される経営』(日経BP)など。

中神康議(以下、中神) そうなんです。その気前の良さが本当に大事だと痛感させられた話があります。なぜ日本からGAFAが出ないのか、なぜ日本からiPhoneが出なかったのかといった話を聞きますが、みなさん知っていますか、GAFAは1社当たり大体年間2兆円から4兆円の株を従業員に渡しているのです。2兆円から4兆円です。彼らの時価総額は200兆円から400兆円ですから、まさに楠木先生がおっしゃったとおり、1%ほど従業員に渡してしまうわけです。

 なんでそのようなことをやっているかというと、世界中から最高のタレントを集めるため。清水さんがおっしゃったとおり、株式価値もターゲットにしながら、従業員のモチベーションを上げて、いい経営をみなでやろう、いい製品を作ろうと邁進する。モチベーションが上がれば絶対にリテンションできますし、他社に行こうとしない。まさに株式を使いながら、人を採用し、育成し、リテンションし、モチベーションを上げているということを一生懸命しているわけです。

 翻って、日本の大企業を調べてみたら、大体0.01%、0.02%程度しか株を配っていないんです。それで本当に世界から優秀な人を採用できるのですか、それで本当にイノベーションできるのですかと聞きたいですね。また「竹やりでB29を倒そう」と同じようなことを言っていませんか。気前よくなって、世界から最高のタレントを集めませんか。

 この間、楠木先生と一緒に話を聞いたある会社では、3000人にRS(Restricted Stock、特定譲渡制限付株式)を配ったそうです。従業員3000人に配ったんです。今、RSは、ほとんど取締役レベルでとどまっている会社が多いんですけど、それだけやる。

 あと、この間聞いた話では、従業員持ち株会の奨励金を40%に設定している会社もあるそうです。40%という数字はなかなかすごい。日本の会社の平均は大体5%ですから。

 10%出している会社もあります。5%の奨励金で持ち株買えと言われても買いづらいですが、10%であれば買いやすい。その会社の会長は「10%も出しているんだから、おまえら買わなきゃあほやろう」と言っていたそうですが。そうして株を渡して、みなで豊かになるベースを作ることが大事です。みなで汗をかいて価値を上げて、本当に豊かになれる。

楠木 日本でも、非常に有能な人を海外から呼んでくるときは、GAFAのようなコンペンセーションの組み方は十分にあり得ると思います。ですが、日本企業が従業員に株を渡す意義としてもっと大切だと思うのは、普通に働いている人たちに元気を出してもらったり、この会社で良かったな、もうちょっと頑張ろうかなと思わせたりすること。そうすることで、経営目線にある程度自然と近づいてもらえる。そういう意義が非常に大きいと思います。

中神 そうですね。

楠木 日本が誇ることとして、このところ戦争していないというのは、国際的にものすごいカードだと思うんです。

中神 75年間していません。

楠木 この事実と並ぶほど、従業員と二人三脚でこれだけの実績を上げてきた事実がかつてあったわけですよね。昔できたことですから、これはまた実現できると思うんです。