従業員を豊かにできないで、
どうして貧困が撲滅できるのか
楠木 今日(2021/3/19)、たまたまみなさんも読んでいる方が多いかもしれないですけど、『日経新聞』の最後のページに、島精機の創業者の「私の履歴書」がありまして。なかなかいい話だと思ったのは、従業員に対して気前がいいことです。創業当初は忙しくて、とにかく増産ばかりしていた。午後5時終業のところ、午後7時まで働いた従業員には、あんパンと牛乳で労う。昭和30年代の話ですから。何時までいったらラーメンで、さらに1時間働いたらギョウザをつけた。
そのうちに、これだけでは仕方がない、みなで長時間働くだけでは品質が悪くなってしまうということで、目標の生産台数を下げます。ただし、1台作ったら1%給料を上乗せする仕組みにしたら、その年は給料が3倍ぐらいに上がってしまった。
いい経営者は、必ず従業員に対して常に分け前をあげます。最終的にはそれが「利益三分法」という島精機の考え方になるわけです。それもこれも、ものすごく革新的な機械や商品があって、それが世界中で引っぱりだこで、作れば作るだけ売れるという状況があったからできたわけです。
中神さんがおっしゃったように、エンジンは経営者なんですよね。これがないと何も始まらない。それだけに、そういうことができない経営者は、きちんと変わったほうがいいと思います。
清水 私は不定期にSDGs/ESGに関するメルマガを配信しているのですが、最近お送りさせていただいたメルマガで、従業員と経営者と株主はそれぞれ鼎の3本足ではないかという話をいたしました。3つの足がバランス良く存在して初めて、鼎って安定しますよね。もしどこかしらの足の長さが足りないのであれば、それは取り替えられても仕方がないという覚悟を、それぞれが持つ必要があると思います。
投資家はもちろん選別される。経営者も時には取り替えられてしまうし、従業員も同じです。我々は日本の企業と比べると社員の入れ替わりが激しい会社でして、パフォーマンスが低い人間は退場を迫られます。ドライで厳しいように受け止められるかもしれませんが、その規律が存在することで、努力して成果を出している人間のモチベーションが保たれるという側面もあります。
3者それぞれに規律があって、そしてバランスが取れているということが非常に重要なのではないでしょうか。
中神 それで、その3本が高いレベルで成り立ってないといけないと思うんです。みな、ぬるい所で成り立っていては、ESGばかりで業績が上がらないといった話になる。ESGもやって、利益も出すという高い鼎を目指さなければなりません。そしてそれをきちんと評価することも重要です。
冒頭(第7回参照)で楠木先生がおっしゃったトレードオフとトレードオンの話を聞くといつも思うんですが、そもそも世の中はトレードオフだらけです。それが前提なのです。そんな中で経営者がなぜ高い給料をもらえているかというと、トレードオフをトレードオンに変えるからですよね。人にできない難しいことをやるから、高い給料が正当化されるということです。
楠木 そう。
中神 簡単なことだったら、そんなものは誰も評価しないわけです。
楠木 大切なのは、結果においてトレードオンになるということです。例えば、一番手前にある経営者の意思決定。これはトレードオフの塊ですが、そうした意思決定を重ねて、つなげていくことによって、結果的にトレードオフに見えることがトレードオンになっている。これが商売として一番美しいということだと思うんですよね。
いい会社はみんなそうなっていると思うんです。何も無理しなくとも、自然にそうなる。どうやったら自然になるかというと、最初に経営者がきちんと超過利潤を出す商売を組み立てて動かすということですよね。
中神 そのとおりです。
楠木 だからあんまり余計なことを考えなくてもいいのではないかと思います。いろんな色の輪っかを胸に付けて気持ち良さそうにしている人がいますが、貧困の撲滅なんて、誰も反対しないですよね。いいことに決まっていますよね。
ところがビジネスの文脈では、貧困の撲滅がどうのこうの言う前に、自分のところの従業員に給料を払えという話だと思うんです。そこを豊かにできなくて、なぜ貧困が撲滅されるのか。経営者の方は、余計なことを考えないでくださいと申し上げたいんです。