日本の実質賃金は30年間ずっと横ばいを続けている。その裏で、日本企業はROAを維持するために従業員への分配を減らしているというお寒い現実があるのをご存じだろうか。
経営者であり、同時に投資家であるという独特の経歴を持つ中神康議氏によれば、ESG投資を語る前に、日本の企業経営を根本から見直さなければならないと指摘する。
2021年3月19日に開催され、大好評のうちに終わったセミナー「三位一体の経営で、失われた30年を取り戻す」の内容を特別に公開する。(構成:上村晃大)

従業員の給料を下げてROAを維持する<br />日本企業の不都合な真実中神康議(なかがみ・やすのり)
みさき投資株式会社 代表取締役社長
慶応義塾大学経済学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校経営学修士(MBA)。20年弱にわたり幅広い業種の経営コンサルティングに取り組んだ後、2005年に投資助言会社を設立。2013年にみさき投資を設立し、現職。著書に『経営者・従業員・投資家がみなで豊かになる 三位一体の経営』(ダイヤモンド社)、『投資される経営 売買される経営』(日経BP)など。

30年間ずっと賃金が上がらない日本

中神康議(以下、中神) みなさまこんにちは。みさき投資の中神でございます。本日はどうぞよろしくお願いいたします。私のほうからは、三位一体の経営――経営者、従業員、株主がみなで豊かになるにはどうしたらいいかについてお話を進めて参りたいと思います。

 まず、約1年前に新聞を読んでいて大変驚いた話があります。「年収1000万円は低所得者層」という記事です(注1)。日本では年収1000万円というとかなりの高所得者層だと思いますが、なんとサンフランシスコでは1400万円の4人家族が低所得者層に分類されてしまうという記事を読んで、本当に驚きました。どうも、日本の常識は世界の常識とは違っているのかもしれないなと思って、少し調べてみました。

注1 「安いニッポン(下)「香港なら2倍稼げる」――人材流出、高まるリスク」『日本経済新聞』朝刊、2019年12月12日1頁

 次のデータは、実質賃金の推移です(図表6)。実質賃金とは、名目賃金から物価の影響を差し引いたものです。30年ぐらいの推移を図で見てみます。

従業員の給料を下げてROAを維持する<br />日本企業の不都合な真実図表6

 日本はご案内のとおりデフレということで物価は上がっておりませんが、一方で賃金も上がっていませんので、実感としての豊かさが全然変わっていないということになります。

 一方で諸外国を見てみると、確かに物価も上がっていますが、それ以上に賃金が大きく上がっているので、感じられる豊かさが1.3倍から1.6倍になっているのです。

 今度は総資産利益率のデータです(図表7)。この濃いブルーの線(ROA)を見てみると、これもずっと横ばいです。しかも、3.5%と非常に低いレベルで安定をしています。

従業員の給料を下げてROAを維持する<br />日本企業の不都合な真実図表7

 ROAが低位安定をしている裏で、この薄いブルーの線(労働分配率)がどんどん下がっています。マクロのデータを見ると、従業員のみなさんへの分配を減らしながら、なんとかROAをキープしているということがわかります。

 そのようななかで、社会的課題に目を向けてみます。今、ESGは非常に大切だと叫ばれています。しかし一方で、みなが貧しくなっている事実こそ、直視しなければいけない現実なのではないでしょうか。実質賃金は上がらず、労働分配率は下がっています。では、株式投資家が報われているかというと、必ずしもそうではありません。

 なんでこんなにみなで貧しくなったのでしょうか。経済の中には、いろいろな経済主体があります。家計があり、政府があり、企業があるわけですが、富を作っているのは企業だけです。家計や政府は、その恩恵に預かっている存在です。

 ということは、みなが貧しくなっているとすれば、それは企業が何かおかしいということに他なりません。企業のエンジンは経営です。会社を良くするも悪くするも、経営次第です。ですから、もしみなが貧しくなっているとすれば、日本の企業経営の中で常識とされてきた何かがおかしいはずなのです。

 今、ESGが盛んに叫ばれています。これは本当に重要なテーマです。でもESGのEばかりに気を取られずに、S、つまり大きな社会課題である「みなが貧しくなっている」ことを直視しなければならないと思うのです。ESGをきれいごととして終わらせるのではなく、本当の意味でのESGを実現するには、これまでの経営常識をひっくり返す必要があると、私は考えております。