一説によると日本の40歳以上の男女、およそ3000万人は「腰痛持ち」だ。
「痛み」は、けがや打撲による「侵害受容性の痛み」、神経に障害や炎症が起こって生じる「神経障害性の痛み」、そして「脳の誤作動による痛み」に大別される。
脳の誤作動による痛みは、原因不明の慢性痛に多く「心の問題」と切り捨てられてきた。しかし近年、急性の痛みを放置したことで「痛み信号」を伝達する神経ネットワークに知覚過敏や「冷たい」などほかの刺激を「痛い」と感じてしまう“バグ”が生じていることがわかってきた。さらに、痛みへの恐怖や「けがかも」という思い込みで、ますます痛みが強化されることも判明している。
そこで試みられているのが、「痛みの再処理療法(PRT)」と呼ばれる認知行動療法だ。
米コロラド大学の研究者は、過去6カ月間のうち、半分以上の日数で軽症~中等症の腰痛があった21~70歳の男女151人(平均年齢41.1歳、女性54%)を、(1)PRTを4週間受ける群、(2)生理食塩水を皮下注射する偽薬群、(3)一般的な痛み治療を受ける群にわけ、脳の活動状況を観る「fMRI」で脳の誤作動を確認した後、1年間の追跡調査を行った。
PRT群は、医師から「脳の誤作動」についての教育を受けて、週2回×1時間の専門のセラピストによるセッションを計8回受療。内容は「痛み」と「痛み」を感じる動作(しゃがむ、座るなど)の再評価や、恐怖心への対応、肯定的な感情を高める方法などだ。
その結果、PRT群の66%で「腰痛が完全に消失」、あるいは「ほぼ消失」が達成された。偽薬群は20%、標準治療群は10%のみだった。また、PRT群の治療効果は1年後も持続していた。
研究者は「痛みを無害なものと捉え直すことで、脳の誤作動を中和・修正できる」としている。
さて、日本の腰痛患者の実に8割以上は「原因不明」の痛みだ。鎮痛薬が手放せず、社会生活に支障が出るなど損失は計り知れない。長年の痛みにうんざりしているなら、一度、心療内科の扉をたたいてみるといいかもしれない。
(取材・構成/医学ライター・井手ゆきえ)