ビジネスにおける長期的な視点をいかにつくるか、そのアプローチを示した『SF思考 ビジネスと自分の人生を考えるスキル』。その監修者であり、筑波大学HAI研究室主宰者の大澤博隆氏は、現在のビジネスにおけるキーワードの多くは、SF作品によって示された概念にたどり着くという。メタバースがトレンドとなった今、「サイバースペース」はビジネスをつくる場として新たな局面を迎えようとしている。30年前のSF作品で描かれたこの概念を、さらにたどって行くと、あるビジョナリーが浮かび上がってくる。

誰もが口にする「サイバー」
由来となった学問とは

 SFの影響を受けたキーワードの一つに「サイバースペース」がある。

 コロナ禍で物理的な接触や移動を限定する動きが広がり、なるべくコンピューターやネットワーク上の仮想空間で社会生活を維持しようとする製品やサービスの開発が進んでいる。また、フィジカルな空間とサイバースペースを高度に融合させた社会システムによって、社会課題の解決と経済成長を両立させようとする「Society 5.0」が、国の政策として推進されてもいて、サイバースペースには今、ビジネス面、社会システム面の両方から熱い視線が注がれている。

 このサイバースペースという概念は、直接的にはSF作家のウィリアム・ギブスンが1982年に書いた短編『クローム襲撃』に由来する。ギブスンは、物理的な空間とは別に存在するネットワーク空間をサイバースペースと呼んだ初めての人であり、同時代のブルース・スターリングと並び、電脳空間に生きる人間たちの認識の変化を描く「サイバーパンク」という一大ジャンルを引っ張っていった作家である。押井守や神山健治によるアニメが世界的に高い評価を得た士郎正宗の『攻殻機動隊』や、その影響を大きく受け、20世紀末に大ヒットしたウォシャウスキー姉妹(以前は兄弟)の『マトリックス』なども、このサイバースペースというコンセプトをベースにした作品である。

「サイバー」は言葉として今や一般化しているが、皆さんはこの言葉が「サイバネティックス」という学問名に由来していることをご存じだろうか。サイバネティックスは米国の学者ノーバート・ウィーナーが、1948年に提唱した学問であり、生命や機械、そして社会に関する制御を扱うための学問である。そして、実はこの学問自体にもSFが密接に関わっている。サイバーのトレンドの節目節目で、SFが密接に影響してきたのだ。