「分配」が「成長」を促すメカニズムとは?

 例えばOECD(経済協力開発機構)のフェデリコ・チンガノによる2014年の論文は、過去30年間のOECD諸国について実証的に研究し、所得格差は、成長に対してマイナスの影響を及ぼすと示唆している。

 同様に、IMF(国際通貨基金)のジョナサン・オストリーらによる2014年の論文も、再分配後による所得格差の縮小は、高く持続的な成長と相関しており、また、再分配は、極端な場合を除けば、成長によい影響をもたらすと結論している。

 なお、日本についても、例えば大田英明・立命館大学教授(当時)が、所得分配の悪化が長期的な経済低迷の一因となってきたことを明らかにし、税制の累進性を強化することで成長が促進されると主張している

 岸田首相は、「分配なくして成長なし」という経済政策の理念が世界の潮流だと述べたが、その認識は、おおむね正しいと言ってよいであろう

 ところで、分配は、どのようにして成長を促進するのであろうか。

 そのメカニズムは、主に次の二つが考えられる。

 第一に、一般的に、低所得者の方が高所得者よりも消費性向が高い、すなわち所得に占める消費の割合が高い。つまり、高所得者の方が、所得の増分を消費より貯蓄に回す可能性が高いということだ。

 このため、一部の富裕層のみが社会全体の所得を独占しているような格差社会では、消費需要は相対的に小さくなる。

 したがって、所得をより低所得者へと分配すると、消費需要がより拡大する。消費需要の拡大は、言うまでもなく、成長をもたらす。こうして、分配は成長を促進するのである。

 第二に、長期的な成長のためには、教育投資によって、国民の能力を高める必要がある。いわゆる「人的資本」の議論である。

 しかし、低所得者は、その所得を教育に十分に充てられない。このため、低所得者の割合が高い格差社会では、人的資本に対する投資が不足せざるを得ない。その結果、格差社会では、長期的な成長が困難になる。こういうわけで、分配による格差の是正は、長期的な成長をもたらすと考えられるのである。 

 以上のような理由により、「分配なくして成長なし」説は正しいと言える。

 したがって、先ほどの日経新聞の「国全体の経済力を高める成長戦略と、格差是正につながる分配政策のどちらを優先すべきか」という世論調査は、質問自体がナンセンスだったということになる。

 なぜなら、格差是正につながる分配政策こそが、国全体の経済力を高める成長戦略だからだ。