アメリカの覇権パワーが凋落し、世界経済が縮小へと向かうなか、日本がたしかな国家戦略を立案するためには、「経済力と政治力・軍事力との間の密接不可分な関係を解明する社会科学」の確立が欠かせない……。その問題意識のもと中野剛志氏は、『富国と強兵 地政経済学序説』で地政経済学を提唱した。ただ、現在の主流派経済学では、政治学や地政学、歴史学などとの接続が不可能だという。何が問題なのか? 語っていただいた。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)

なぜ、「経済政策」はいつも間違えてしまうのか?

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「モノをつくったら、必ず誰かが買う」という世界

――前回、中野さんは、現在の主流派経済学は政治学や地政学など他の学問と接続することができないとおっしゃいました。主流派経済学が「現実世界」とはかけ離れた精緻な理論体系を、つくり上げてきたからだ、と。どういうことか、具体的に教えてください。

中野 わかりました。では、貨幣の話から始めましょう。前にMMTについて説明したときに、主流派経済学が立脚している「商品貨幣論」の話をしましたが、覚えていますか? 

――はい。「貨幣の価値は、貴金属のような有価物に裏付けられている」という学説ですよね?

中野 そうです。物々交換は面倒くさいので、金や銀などのそれ自体で価値のあるモノを選んで、それを「交換の手段」としたのが貨幣の起源だというのが、主流派経済学の主張なわけです。要するに、主流派経済学は、市場経済を物々交換と同等にみなしているのであり、その理論のなかには、現実の世界で流通している信用貨幣が存在していないということです。

 経済学者のダドリー・ディラードは、この主流派経済学の想定を「物々交換幻想」と呼んで、その系譜をたどっています。

 そもそもアダム・スミスの経済理論は、それ以前に流布していた重商主義を批判するかたちで登場しました。重商主義者たちは国富と貴金属の量を同一視しており、スミスはその誤りをただすべく『国富論』を書いたのですが、その際、重商主義に過剰に反応して、貨幣自体を理論の隅に追いやってしまったのではないか、とディラードは指摘しています。そして、スミスは、重商主義という「産湯」とともに貨幣という「赤子」を流してしまったのではないか。そうスミスを批判するディラードは、これを「アダムの罪」と呼んでいるんです。

――へぇ、そうなんですね。

中野 そして、この「アダムの罪」を引き継いで「ドグマ」にまで仕立て上げたのが、フランスの古典派経済学者であるジャン・バティスト・セイであったとディラードは言います。

 セイは、「生産物は常に生産物と交換される」と主張しました。この命題はのちに「供給はそれ自らの需要を生み出す」と言い換えられ、「セイの法則」として知られています。

――え? 「供給はそれ自らの需要を生み出す」って、どういうことですか? 新刊書籍を100万部印刷して流通させれば、100万部売れるということですか? そんな世界があるなら、今すぐ移り住みたいです。

中野 そう思いますよね? もちろん、現実の世界では、供給は常に需要を生み出すなどということはあり得ません。モノを作って売り出したら、必ず誰かが買うなどということがあるはずがない。「セイの法則」など、現実には存在しないんです。

 ただ、物々交換の世界であれば、たしかにありうるかもしれない。物々交換経済では、何らかの財を購入するときには、必ず別の誰かが供給した何らかの財と交換されるからです。物々交換では、供給と需要は表裏一体の関係にあるわけです。

――なるほど……。

中野 ただし、そのような物々交換経済を想定すると、私たちが日々使っているリアルな貨幣は“蒸発”してしまいます。実際、セイは、貨幣は、単に生産物と生産物の交換における媒介物にすぎないとみなしていたんです。

――しかし、貨幣は貯蓄のためにも使われますよね?