「元・日本一有名なニート」としてテレビやネットで話題となった、pha氏。
「一般的な生き方のレールから外れて、独自のやり方で生きてこれたのは、本を読むのが好きだったからだ」と語り、約100冊の独特な読書体験をまとめた著書『人生の土台となる読書』を上梓した。
本書では、「挫折した話こそ教科書になる」「本は自分と意見の違う人間がいる意味を教えてくれる」など、人生を支える「土台」になるような本の読み方を、30個の「本の効用」と共に紹介する。

「人間のみっともなさ」は100年経ってもあまり変わらないPhoto: Adobe Stock

自分の「情けない部分」を書こう

「文章を書いてみたいけど、何を書いたらいいかわからない」

 そういう人は意外と多いと思う。そんな人には、とりあえず「自分のこと」を書いてみるのをすすめたい。

 僕も昔から文章を書きたいという気持ちがあったけれど、若い頃は書くことが何も思いつかなかった。

 それは、今思い返すと当然なことだ。若い頃は、まだ人生経験が少ないので、自分の中に書くことがあまりない。

 書く内容のない人間が書けることは自分のことくらいだ。大学生のときに、僕はブログを開設して、日々起こったことや考えたことなど、自分のことをひたすら書いていた。

 ブログ時代も、本を出すようになった今も、僕の書いていることはあまり変わらない。僕はずっと自分のことだけを書き続けている。

 自分のことを書くのは文章の基本だ。そしてそれを小説にすると、「私小説」と呼ばれる。

「自己暴露」のすすめ

 小谷野敦の『私小説のすすめ』は、小説を書いてみたいけど何を書いたらいいかわからないという人に、私小説を書くことをすすめている本だ。帯には「才能がなくても書ける。それが私小説。」とある。

「私小説は、ただ自分のことを書いているだけのダメな小説だ」という意見が昔からある。

 だけどそうではなく、私小説は立派な文学の一ジャンルであり、多くの有名作家たちも私小説的な作品から始めたということが、この本では語られている。

 小谷野さんは、「私小説の本道は自己暴露」だと言う。

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 私が定義する「私小説」は、書くことによって自分の名誉を危険にさらす、つまり恥をかくことが多いものである。しかし人間には、そうなっても、それを書かずにいられないという時がある。
『私小説のすすめ』より引用

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 その私小説の恥ずかしさを、モーパッサンは「皮剥ぎの苦痛」と呼んだらしい。

 しかし、その苦痛こそが、私小説を書き、読むことの醍醐味だ、と小谷野さんは言う。

 この本で一番大きく取り上げられている私小説は、田山花袋の『蒲団』だ。

 1907年に発表された『蒲団』は、日本の私小説の原点と言われている。

 中年男性で作家の主人公(妻子あり)が、弟子入りしてきた若い女学生に一方的な恋心を抱いて、醜態を晒しまくるという話だ。自身の恥ずかしい体験を赤裸々に描いたこの作品は、当時かなりの話題になって物議を醸した。

『蒲団』は今から100年以上前の小説だけど、今読んでも面白い。

 好きな女学生に恋人ができたとき、本人に対しては「君たちの恋を応援するよ」と偉そうなことを言いつつ、家では酒を飲んで泥酔して、便所の床で寝転がるところとか、滑稽で笑えると同時に共感もする。

 人間のみっともなさや、恋愛で苦しむ様子は、100年経ってもあまり変わらないのだなと思う

 私小説というのは情けない話ほど面白い。

 同じ私小説的な作品でも、それ以前の森鴎外の『舞姫』(女性を捨てた自慢話)などとは違って、『蒲団』はその情けなさこそが斬新で画期的だった。

 何かを書きたい人は、自分のどうしようもなく情けなくてダメな体験を書いてみればいい。それがダメな体験であればあるほど、面白い文章になる。

「書くこと」で人生が前に進む

 自分の情けなくてつらい経験を書くことは、それを誰にも見せなかったとしても、「書くこと自体が自分の人生を進めてくれる」と小谷野さんは言う。

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 書きながら、あまりの辛さに投げ出したくなったり、こんなことを書いていいのかと怯えたりするようなことこそ、積極的に書くべきものである。心理療法で、箱庭を作らせたり、絵を描かせたりするものがあるが、私は、私小説療法というのがあってもいいと思っている。
『私小説のすすめ』より引用

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 書くことで自分の中の何かが解決されるという感覚は、とてもよくわかる。

 僕が自分のことを文章にし続ける理由は、自分の人生を前に進めたいからだ。

 書くことには、自分に起こった出来事を消化して、昇華して、次の段階に進めるようにするという効果がある。

 書くことは、過去の自分の埋葬のようなものなのだ

 今の時代は、SNSやブログが新しい私小説みたいなものだ。

 ネットを見ると、みんな自分のことを語っている。

 まったく知らないどこかの誰かが自分の情けない体験をさらけ出した文章が、無数にアップされている。

 みんな、どんどん、自分のダメな部分の話をネットで書けばいいと思う

 ダメであればあるほど、他人にとって面白い読み物になるし、書いた本人も、書くことで救われる。同じ悩みを持った人には人生の参考になる。

 身近な人には言いにくい話でも、ネットで匿名なら吐き出しやすい。インターネットというのは、巨大な集団治療場みたいなものだと思う。

 自分の中で何か引っかかっていることがあったら、ネットに吐き出してみよう。

pha(ファ)
1978年生まれ。大阪府出身。
現在、東京都内に在住。京都大学総合人間学部を24歳で卒業し、25歳で就職。できるだけ働きたくなくて社内ニートになるものの、28歳のときにツイッターとプログラミングに出合った衝撃で会社を辞めて上京。以来、毎日ふらふらと暮らしている。シェアハウス「ギークハウス」発起人。
著書に『人生の土台となる読書』(ダイヤモンド社)のほか、『しないことリスト』『知の整理術』(だいわ文庫)、『夜のこと』(扶桑社)などがある。