「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした本が『武器としての組織心理学』だ。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊である。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

上司との人間関係が良い部下ほど、パフォーマンスは高い傾向に

 リーダーとの人間関係が良好な人たちと疎遠な人たちが、一つの職場に存在しているときのマネジメントの考慮点について見てみましょう。[1]

 ここまでの話では、リーダーシップの観点から見ても、情報共有の観点から見ても、リーダーと資源の交換がうまくいっているメンバーほどパフォーマンスが高まりやすいという内容でした。(関連記事:「成果につながる情報共有とそうでない情報共有」決定的な違い

 ただし、リーダーがメンバーと積極的に人間関係を構築していく際に発生する、2つのリスクを知っておかなければなりません

疎遠な部下を腐らせてしまう

 一つのリスクは、上司との人間関係がうまく築かれていない部下の存在です。

 このような部下は、険悪な雰囲気を漂わせては周りに気を使わせ、本人のモチベーションも職務遂行レベルもそれほど(本来出しうるはずの力量レベルほど)高く発揮されないことが多いので、職場に良い影響をもたらしません。

 職場を侵食するこの負のオーラを抑制し、もう少し前向きな状態にすることができる条件がわかれば、人間関係の距離が多様なままであっても、組織のパフォーマンスを上げる原動力になるはずです。

 では、凸凹のある人間関係であっても、チーム力が阻害されない条件とは何でしょうか。

 それは上司と疎遠な関係にある部下が、

(1)「上司の対応に差があっても仕方がない」という一定の納得感
(2)「自分の頑張りで、今よりも関係が良くなるはず」という期待

 を持てることだと考えられます。

(1)「上司の対応に差があっても仕方がない」という一定の納得感

 まず、上司の対応が部下によって異なる環境であっても、部下が「仕方がない」と思えるのは、どういうときでしょうか。

「上司たる者、どの部下にも基本的には平等に対応すべきだ」

 という暗黙の了解が職場にあるならば、上司の区別ある対応はこの規範から逸脱していることになります。

 でも、部下たちの業績や組織への貢献度を反映して、上司から資源が提供されており、それが規範だというならばどうでしょう。

 仕事の重要度や組織への貢献度によって上司の対応に偏りが出るのは、生産性を上げるうえで当然必要なことであり、部下から見てもそれはもっともな対応です。

 部下も「仕方がない」と納得できるでしょう。

 むしろ、資源交換の量や質、それに伴う関係性の構築具合の差異が大きいほど、上司は適切な対応をしていると言えます。(関連記事:「人間関係が良い職場とそうでない職場」決定的な違い

 担当の仕事をより円滑に進めるための資源を上司から一定程度得たいのであれば、部下は腐っている場合ではありません。

(2)「自分の頑張りで、今よりも関係が良くなるはず」という期待

 また、「自分の頑張りで、今よりも関係が良くなるはず」と望みが持てるのは、どんなときでしょうか。

 例えば、新入社員や中途採用の社員など、その職場に所属して間もない人たちにとってはとくに、上司と良い関係を築いている同僚を一つのモデルとして観察できるときなどがそれにあてはまるでしょう。

 その同僚がどのようなコンピテンシー(高い成果や業績と直接的に関連する職務上の行動特性、遂行能力のこと)を持っているのか、どんな成果を出しているのか、どんな仕事のマインドなのか。

 そして、それらのことから上司が部下にどんな仕事のスタイルを望んでいるのか、おおよそ理解することができるでしょう。

「自分の能力や成果を示せば、上司との関係が良くなるかもしれない」

 と前向きな展望が持てる職場ならば、チーム力が必要以上に削がれることはなく、むしろ活性化することすらあり得ます。

 もちろん、組織は健康的で、持続的に成果を出すことが大前提ですから、上司に媚びへつらうカタチではなく、建設的な関係性がモデルとされるべきです。

 つまり、このような好循環を成り立たせるための条件は、リーダーの的確な「評価能力」です。

 上司が、部下たちに対して適切かつ公正に評価を行うだけの能力を備えており、部下たちもまた、それを認識できている必要があります。

脚注:[1]山浦一保(2017). 第4章 交換関係としてのリーダーシップ. 坂田桐子 (編).『社会心理学におけるリーダーシップ研究のパースペクティブⅡ』 ナカニシヤ出版, pp.83-108.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)