お客さまが食べログやアマゾン、ネットフリックスなどアルゴリズムを味方につけて「賢く」なっていく今の時代、どうすればお客さまに選ばれる商品・サービスを提供できるのか? 価格が安いということ以外で、検索条件に必ず出てくるようにするには? 経営戦略が専門の琴坂将広さん(慶應義塾大学総合政策学部准教授)と、初の著書『新しい「価格」の教科書』を上梓した松村大貴さん(ハルモニア代表取締役)が語り合います。(写真:野中麻実子)
松村大貴さん(以下、松村)私の会社で普段、ダイナミック・プライシングのコンサルティングを行っているクライアント企業に対しては、「いま一律価格で売っているけれども、顧客によって期待されるジョブ(顧客が解決したい事柄、目的)が違いますよね」という話をしながら、デモグラフィック(性別や年齢、居住地域など人口統計学的な顧客データ分析の切り口)に留まらないセグメントを見分けましょう、と言っています。
琴坂将広さん(以下、琴坂) 普及価格帯に至るまでオートクチュールする時代になっていくでしょうね。無数の個性をもつお客さまと、無数の個性をもつ自社製品を提供できるときに、それをつなげる価格が1つでいいわけがない。アダプティブな経営戦略の先鞭をつける、しかも導入が速くパワフルな結果が出るのが「価格」だと思います。
松村 たしかに、そういう経営戦略や意思決定をしていくきっかけに「価格」がなるといいですね。
慶應義塾大学総合政策学部准教授
慶應義塾大学環境情報学部卒業。博士(経営学・オックスフォード大学)。小売・ITの領域における3社の起業を経験後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に勤務。北欧、西欧、中東、アジアの9ヵ国において新規事業、経営戦略策定にかかわる。同社退職後、オックスフォード大学サイードビジネススクール、立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。上場企業を含む数社の社外役員・顧問を兼務。専門は、経営戦略、国際経営、および、制度と組織の関係。主な著作に『STARTUP』(NewsPicksパブリッシング)、『経営戦略原論』(東洋経済新報社)、『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)など。
琴坂 価格以外のレバーは個社ごとの事情があるでしょうが、価格についてはたぶん、一定のベスト・プラクティスが存在しうると思うんですね。経営学のなかにも、一定の角度を持って経営効率を引き上げることができる定理を作れる領域と、作りにくい領域があります。、前者はファイナンス、生産管理、消費者行動分析などが代表的ですし、後者はそれこそ私が取り組む経営戦略や国際経営、アントレプレナーシップやリーダーシップの領域です。逆に言うと、前者ではベストプラクティスが存在する。プライシングはその1つだと思います。
松村 内部環境も外部環境も変わることを前提としたマインドセットに、経営者やビジネスパーソンが変わっていく必要がある、という流れのなかで、その加速要因についてどうご覧になっていますか。需要の飽和や人口減少、パンデミックなどいろいろあると思うんですけど。
琴坂 2つあると思います。1つは、直近の(新型コロナウィルス感染症による)パンデミックによってもたらされた供給過小状態によって、お金を出しても買えない状態になり、価格を変えるというレバーが有効だと認識されるようになっています。
もう1つは、マーケターは誰に売っているのか、という問題。インターネットが普及して変わった部分として、「B(企業) to A(アルゴリズム)to C(顧客)」というふうに、アルゴリズムによって売る形式が広がりました。食べログやアマゾン、ネットフリックスなども、その事例でしょう。お客さまの知見や、自分の商材について払う時間は有限である、という前提が置けなくなっているんですよね。お客さまは提供者に対抗できるぐらい情報をもったアルゴリズムを味方につけて買いに来ています。そのときに単により安くする勝負をするだけでなく、その価格を正当化するロジックを提示したうえで、戦略を立てなければならない。
ヤフー株式会社で米国企業との事業開発やブランディング、東日本大震災の復興支援プロジェクトなどに携わった後、2015年にハルモニア株式会社を創業。インターネット広告の仕組みから着想を得てダイナミック・プライシングサービスを立ち上げ、企業へのコンサルティング、ビジョンメイキングを行っている。ビジネスのすべてをダイナミックにし、地球のサステナビリティを向上させることがミッション。2021年12月、初の著書となる『新しい「価格」の教科書』発売。
松村 オークションはわかりやすくて、入札戦略が自動設定なんですよね。1個ずつ値入するのではなくて、最大でいくらまで出せるかを各自が設定して、あとはアルゴリズムが入札してくれる。それと同じように、コモディティの購入についても条件にあうものを自動注文してくれといておけるようになるのかなと思っています。ホテルや飛行機選びも、この条件に合う一番安いもの、という注文アルゴリズムを顧客がもっていて、自動注文や自動情報収集のシステムを使って簡単に選べるようになっていく。
琴坂 それが実現すると、単純にアルゴリズムに合わせていくことしかできない会社は、企業体力があるかないかで生存が決まってしまいますよね。
だから、価格戦略にひもづいて、説明可能で納得できる違いをつくることが価格戦略上で非常に重要だと思っています。アルゴリズムが当初の条件に合う場所をおススメしてくれたとき、さらにこういう条件のところはないかなと問い直すと、別の答えが提示される。そうやってお客さまがアルゴリズムの力を借りて賢くなるほど、従来は気づいてもらえなかった違いや良さをきちんと提示して伝える機会にもなるはずです。
買う側を支援するサービスはすごくシンプルなアルゴリズムで予算を軸に提示するけれども、提供側はそのゲームに乗らないために、価格に対して理由を付加することで、直接的にユーザーを教育して検索エンジンの設定を変えてもらうところまでやっていける時代がきてる。
松村 検索条件に1個しか出てこなければ、それが選ばれるようになりますもんね。ユニークな商品はどんどん減っています。あるいは、ユニークさはあるんだけれども伝わり切ってなくて、ネットで調べて一番安いところで買われてしまうとか。そういう戦いに巻き込まれて各社の粗利がゼロに近づいていくか、それが嫌なら、独自性を見出して適切な価格を設定するか、ということですね。(明日公開の第4回へ続く)