「プライシング能力」が低い人がよくやる失敗

「これから何が売れるのかわかる能力」について解説した、社会派ブロガー・ちきりんさんの『マーケット感覚を身につけよう』が10万部を突破した。5年前に書かれたものながら、時代が追いついてきたとさえ感じる予見の書で、「市場化する社会」の教科書とも言える内容だ。
同書の中で、ちきりんさんが「マーケット感覚」を高めるために重視している「プライシング能力」について、どうすれば身につけることができるのか伺った。(取材・構成/樺山美夏、写真/疋田千里)

青山のマンションの妥当な価格を考えてみると……

――前回のお話で、「マーケット感覚」を鍛えるためには、人の購買行動の背景にある「インセンティブシステム」の理解が必要だと伺いました。そこで今回は、「マーケット感覚」を支えるもう1つの重要な力とされる、「プライシング能力」についてお聞きしたいです。

ちきりん 「プライシング能力」というのは、値付けする力、妥当な値段を見きわめる力のことです。この力を身につけるには、自分独自の価値判断基準を持つことが必要です。すでに値札が付いているものでも、自分の基準にもとづいて値付け(プライシング)しなおしてみるようにすればこの力が鍛えられます。

 たとえば青山一丁目の新築分譲マンション。おそらく70、80㎡でも数億円だと思いますけど、この価格、妥当だと思いますか?

――すごく高く感じます。

ちきりん では、自分が妥当だと思う価格はいくらなのか、考えてみましょう。いくらぐらいだったら妥当な値段だと思いますか?

――うーん、8000万円ぐらいでしょうか。

ちきりん そういうふうに自分の価値基準で考えるのがプライシングです。でも実際に青山一丁目の新築マンションが9000万円で売られていたら「なんて安いんだ!」「めちゃくちゃお買い得だ!」と思う人がたくさんいます。つまり、こうやってわざわざ問われない限り、みな「相場の価格」に比べて「妥当かどうか」を判断しているんです。

 そうじゃなく、「よくよく考えてみたら、自分の価値基準ではいくらが妥当か?」と考えてみるのがプライシングをするってことです。

「プライシング能力」が低い人がよくやる失敗ちきりん
関西出身。バブル期に証券会社に就職。その後、米国での大学院留学、外資系企業勤務を経て2011年から文筆活動に専念。2005年開設の社会派ブログ「Chikirinの日記」は、日本有数のアクセスと読者数を誇る。シリーズ累計34万部のベストセラー『自分のアタマで考えよう』『マーケット感覚を身につけよう』『自分の時間を取り戻そう』ダイヤモンド社)のほか、 『「自分メディア」はこう作る!』(文藝春秋)など著書多数。
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 もうひとつ考えてみましょう。実際には、青山のマンションなら2億円でも安いと思って買う人がたくさんいます。そういう人は、何にそれだけの価値を感じているのでしょう?

――街のブランド力に高い価値があると思っているのかも!?

ちきりん もう少し具体的にいうと?

――青山に住んでいることが、その人にとってのステイタスで、社会的地位を意味するのかもしれません。住所が青山だと、自慢もできるし、モテそうだし、いろいろ有利になると思っている人もいると思うので。

ちきりん だとすると、そういったステイタス価値に1億2000万円というプライシングをする人がたくさんいるから、2億円で売られているというわけですよね。

 今の答が正しいかどうかはともかく、このように「この値段はいったい何の価値の値段なのか」とひとつひとつ考えることが重要なんです。

 最初からついている「値札」や「相場」はすべて他人が判断した結果です。それを無思考に受け入れるのではなく、「この物件は自分にとってどれくらいの価値があるのか?」「これはなぜこの値段で売られているのか? どんな価値の対価なのか?」と考える癖を身につけると、プライシング能力を鍛えることができるでしょう。

「プライシング能力」が低い人がよくやる失敗

――私事で恐縮ですが、先日、気になっていた3万円のセーターが40%引きになって、通販で買って着てみたらイメージと違ったので後悔しまして……。セールで得した気分になって余計なものまで買う人はプライシング能力に欠けている、という本の記述は身につまされました。

ちきりん そういう人、たくさんいますよね。すごく欲しいわけでもないのに、「半額になってておトクだから買っておこう」とか。そういうことをしていると、家には着ない服が溢れ、不要なものに無駄なお金を使い続けることになってしまう。

 本にも書いたように、20万円のブランドバッグの「偽物」は、2万円で売るより10万円で売るほうが売れやすい(本物だと信じさせやすい)と言われています。「高いほうが質が良いに違いない」と思い込んでいる人も多いので、それを逆手にとって商売する人がいるんです。

――私も、高いものは質がいいのだろうと思いがちです。だまされやすいタイプですね……。

ちきりん 途上国の市場だと、値札がついていない商品が大半です。そして売り手は、買い手に合わせて価格を変えてきます。たとえば同じ商品でも日本人観光客には50ドル、アメリカ人には10ドル、中国人には5ドルだと言って売ります。

 それを後から知って「ボラれた」と怒る人がいますけど、買ったときは自分でその価格が妥当だと思ったからお金を払ったわけですよね。売り手は、それぞれの買い手が感じる「妥当な価格」を見極めてプライシングしたわけで、すごく合理的。

 途上国だけでなく、のみの市やガレージセールも多い欧米では、日本よりプライシング能力が高い人が多かった。でも日本でも最近は、フリマアプリや、特技やスキルをインターネットで売るといった市場が出てきたので、自分でプライシングをする人は増えています。

「マーケット感覚」に自信がない人、身につけたい人は、そういったサービスを利用して、「何をいくらでどう売れば買い手がつくのか」と実際に取引をしながら「価値」を見極める練習をすればいいと思います。

「プライシング能力」が低い人がよくやる失敗

直接取引できるマーケットで成功する
「普通の人」が増えてきた

――本に書かれた通り、社会の市場化が進んで、モノもサービスも直接取引される時代になってきました。発売から5年経った今、プライシング能力の高い、「マーケット感覚」に優れた人は日本でも増えてきたと感じますか?

ちきりん そう思いますよ。プロジェクトへの寄附を募るクラウドファンディングなどでも、「マーケット感覚」がある人はどんどん成功していますよね。オンラインサロンや、自分の文章や写真、イラストを売るような市場に供給者として参加する人も増えてきました。

 私はYouTubeでいろんな人のルーティン動画をよく見るんですけど、あんな、有名人でさえない人の日常生活をそのまま撮っただけの動画に価値が認められるなんて、以前は想像もできなかったんじゃないでしょうか。

――「レンタルなんもしない人」についても、『マーケット感覚を身につけよう』で予言されていると、ネットで話題になっていました。

ちきりん たしか「人の話をただ聞くだけで何もしない職業も生まれるかもしれない」と書いていましたね。でもあれも別に予言ではなく、やろうとする人がいなかっただけで、よく考えればそういうサービスに価値があることはわかっていたと思います。

 それにしても今は、特別な資格や特筆すべき能力、高い学歴などのない人でも「マーケット感覚」があれば生きていける時代になってきました。

 1ヵ月の食費が1万円の人のやりくり料理動画は、1ヵ月の食費が5万円の人の動画より価値が高いんですよ。つまり、「持たない人」のほうが高い価値を生める時代なんです。失敗や不幸な経験が多かった人のほうが有利な市場もたくさんあるということを理解しましょう。

 そもそも世の中でもっとも多いのは、「普通の人」なんだから、一番大きな市場は「普通の人をターゲットにした市場」です。だから、自分が「普通であること」の価値を過小評価する必要はありません。これはすごく大事なことなので、多くの人にわかってほしいですね。

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第1回 5年前の本で、コロナ下の状況を予言したように見えたわけ

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