西陣織で「月の道」に見立てた
神秘的な世界を表現

 実車搭載といっても、「西陣織らしさ」も残さなければ意味がありません。立体的な織りやきらめく金銀の箔がその「らしさ」の部分に当たります。

 ただ、箔は薄い金銀ですから、火がつけば容易に発火してしまいます。だから箔の素材も、一から開発する必要がありました。箔メーカーとも協業して、徹底したテストを繰り返し耐火性のある箔を実現しました。

 箔が自動車のような工業製品に織り込まれるのは、もちろん初めてのことです。

 その結果、箔を織り込んだ西陣織で、「月の道」に見立てた神秘的な世界を表現した、かつてないレクサスが生まれたのです。工芸の緻密な技術によって究極のラグジュアリーを実現できたと思っています。

正反対の分野と組む逆転の発想で、大きなイノベーションを起こしたレクサス「LS」の事例写真提供:細尾
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 面白かったのは、全く同じ製品を精密に大量につくるという工業製品の考え方が、西陣織という工芸が入ることによって、変容したことです。

 レクサス「LS」の西陣織は、織り上げた一枚の織物をカットして貼り込むので、雰囲気はどれも一緒ですが、実際は一車一車微妙にパターンの出方が違います。

 全てが寸分違わずまったく均一でなければいけないという工業製品のルールを超えて、美のために工芸の感性を取り入れたこと。これは両者の垣根を壊す挑戦であり、未来のためのチャレンジでもありました。

 まさに、固定観念の破壊こそが革新をもたらした一例です。

正反対の分野と組む逆転の発想で、大きなイノベーションを起こしたレクサス「LS」の事例細尾真孝(Masataka Hosoo)
株式会社細尾 代表取締役社長
MITメディアラボ ディレクターズフェロー、一般社団法人GO ON 代表理事
株式会社ポーラ・オルビス ホールディングス 外部技術顧問
1978年生まれ。1688年から続く西陣織の老舗、細尾12代目。大学卒業後、音楽活動を経て、大手ジュエリーメーカーに入社。退社後、フィレンツェに留学。2008年に細尾入社。西陣織の技術を活用した革新的なテキスタイルを海外に向けて展開。ディオール、シャネル、エルメス、カルティエの店舗やザ・リッツ・カールトンなどの5つ星ホテルに供給するなど、唯一無二のアートテキスタイルとして、世界のトップメゾンから高い支持を受けている。また、デヴィッド・リンチやテレジータ・フェルナンデスらアーティストとのコラボレーションも積極的に行う2012年より京都の伝統工芸を担う同世代の後継者によるプロジェクト「GO ON」を結成。国内外で伝統工芸を広める活動を行う。2019年ハーバード・ビジネス・パブリッシング「Innovating Tradition at Hosoo」のケーススタディーとして掲載。2020年「The New York Times」にて特集。テレビ東京系「ワールドビジネスサテライト」「ガイアの夜明け」でも紹介。日経ビジネス「2014年日本の主役100人」、WWD「ネクストリーダー 2019」選出。Milano Design Award2017 ベストストーリーテリング賞(イタリア)、iF Design Award 2021(ドイツ)、Red Dot Design Award 2021(ドイツ)受賞。9月15日に初の著書『日本の美意識で世界初に挑む』を上梓。
(Photo:石郷友仁)