「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした本が『武器としての組織心理学』だ。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊である。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

上司との人間関係が良好な部下ほど、仕事に満足している

 上司と良好な(関係性の質が高い、内集団にいる)部下は、そうでない(関係性の質が低い、外集団にいる)部下に比べて、客観的なパフォーマンスや評価が高く、キャリア発達もスムーズです。また、仕事に対する満足感や組織へのコミットメントも高い水準にあります。

 これは、良好な関係にある部下の方が、自分自身が何を任されているのか、仕事上の役割を明確に認識できることによります。

 一方、外集団にいる部下の仕事に対する満足感や組織へのコミットメントは、内集団にいる部下より低い水準になってしまうため、人間関係の凸凹が温度差を生んでしまうのです。(関連記事:「人間関係が良い職場とそうでない職場」決定的な違い

「人間関係の質」こそが「幸福と健康」を左右する最も重大な要因

 ハーバード大学の「グラント研究」は、良好な人間関係を築くことが人生においていかに重要な意味を持っているか、極めて力強いエビデンスを提供してくれます。[1]

 1938年にボストンで始まって以来、700人を超える対象者の人生を観察した、人生にまつわる最長の研究です。

 この研究では、2つのグループの人たちの生活の様子をつぶさに記録しています。

 一つのグループは、ハーバード大学卒業生。在籍中からこの研究に協力し、途中、第二次世界大戦、兵役などを経験しています。

 もう一つのグループは、ボストンで最も貧困な地域に住む少年たち。困窮し、問題の多い貧困家庭の出身であったことから調査の協力対象者として選ばれたそうです。

 それぞれのグループが経験してきた仕事、結婚や育児などのライフイベント、老後、さらには戦争や災害の経験など、10代の頃から老年までをさまざまな側面から追いかけた貴重な資料の数々です。

 例えば、対象者やその家族へのインタビュー、医療記録、血液サンプル、脳スキャン、社会的・経済的な状況、ファミリー・ヒストリーなど、ありとあらゆる内容のデータが蓄積されていると言います。

 研究者たちは、この膨大なデータから、人の幸福や健康の維持に大切なものが何であるのかを見出そうとしたのです。

 そして、このデータが示したこと――それは、周囲とのあたたかな人間関係やつながりこそが私たちの幸福と健康を高めるという結果だったのです。

 人生の貴重な時間の多くを費やす職場において、単なる仕事上の関係であっても、その質は、部下にとっても、そして上司にとっても、自身の健康や幸福感を決める大切なものだと言えるでしょう。

脚注 [1]Vaillant, 2012; Waldinger, 2016; “The Atlantic” What Makes Us Happy, Revisited

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)