「脳死」というテーマで作品を独り歩きさせたくない

 そうした姿勢の西さんが、この春に出合った映画が『帆花』だ。キャッチコピーは「生まれてきてくれて、ありがとう」――生後すぐに「脳死に近い状態」と宣告された女の子と両親の姿を見つめ続けたドキュメンタリー作品である。

西 『帆花』は、今年(2021年)の春にプロデューサーの島田隆一さんから「配給・宣伝をお願いしたい」というご連絡をメールでいただきました。島田さんはご自身もドキュメンタリー映画の監督をされていて、昨年(2020年)公開された『春を告げる町』を拝見していたので、お声がけいただけたことがうれしかったですね。作品は完成してまもなくのようでしたが、撮影を終えてから編集作業に7年もの歳月がかかっていました。作品を見せていただいたうえで、監督の國友勇吾さんとプロデューサーの島田さんにお会いすることになりました。

 重度障がいのある幼い子の成長を記録した映画――リガードの作品ラインアップとしての違和感はないものの、これまでにはないテーマだ。西さんは、『帆花』との最初の出合いをどう感じ、何を考えたのだろう。

西 映画を鑑賞する前に、「脳死に近い状態の女の子とご家族の話です」と伺い、配給・宣伝を引き受けるなら、かなりの覚悟が要ると思いました。何より、帆花ちゃんのご家族が撮影を許可し、映画館で公開してもいいとおっしゃっている以上、映画を観てしまったら、わたしは断ることができないだろう、とも。そして、実際に映画を観てみたら、「断れないな」と。わたしが断れば、どこかの誰かが配給と宣伝を引き受けるかもしれません。映画の宣伝において、作品をどのように届けていくかはさまざまな方法論や考え方があります。『帆花』がどんなふうに扱われるのか……そんな不安を抱きながら誰かに預けるくらいなら、自分で責任を持って担当した方がいいと考え、最終的にお引き受けすることにしました。

“いのち”に寄り添うドキュメンタリー映画『帆花』が公開されるまで生後すぐに「脳死に近い状態」と宣告された女の子と両親の姿を見つめ続けたドキュメンタリー映画『帆花』

 インタビューでの質問に対して、西さんは言葉をゆっくり選びながら、「映画として公開されることを、ご家族に後悔だけはしてほしくない」と続ける。

西 ドキュメンタリー映画というのは、多くの場合、出演者の方がいらっしゃいます。特に日本国内で撮影された映画を公開するときは、出演者の方にご迷惑をおかけしていないかと不安になります。『帆花』の宣伝・公開を通して、ご家族が傷つくようなことはあってほしくないですし、ご家族の思いや日々の暮らしが歪められて伝わるようなことは避けたいと考えています。映画の中で、帆花ちゃんの母である理佐さんが「世の中に私と帆花の二人きりみたいな気分になる時がある」「自分のやっていることに意味はあると思っているけれど、その実感を得たい」とお話しされているのですが、それを聞いたとき、第三者が関わることの大切さを思いました。第三者とはその場でカメラを回していた國友監督でもあるし、映画を観たわたしでもあるし、これから劇場で『帆花』という映画に出会う方たちのことでもあります。では、わたしは第三者として、帆花ちゃんやご家族にどう関わることができるのか――それは、ご家族がこの映画の公開を望んでいる以上、なるべくたくさんの方に映画をお届けすることだと思いました。宣伝や劇場公開を通して、帆花ちゃんやご家族に心を寄せる人を増やしていければ……と。