配給・宣伝という仕事は、“人の思い”あってのもの
多くの人はフィクション(劇映画)の世界に“非日常”を求める。しかし、ドキュメンタリー映画が描く映像は、出演者の揺るぎない日常であり、第三者がその“リアル”を見ることには相応の心構えと動機が必要となる。鑑賞後に共感できなかった場合も「所詮、作り話だから……」と諦めることができず、胸の中にわだかまりが残るかもしれない。ひとつのドキュメンタリー映画は鑑賞者の価値観を映し出す鏡のようなものだ。
西 試写会でのお客さんの反応を見ていて、この映画には少なくとも2つのハードルがあると感じました。まず、映画を観るハードル。それから、映画を観た後に語るハードル。観るハードルの高さはある程度想像していましたが、試写後に「(自分に)何が語れるのか」「語る資格があるのか」と逡巡される方がいらっしゃるのは少々意外でした。観てさえもらえれば伝わると思っていましたので……。でも、大切なのはそうしたハードルがなぜ生まれるのかを考えることだと思います。なぜ、言葉にすることをためらってしまうのか、何に引っかかっているのか、そんな内なる問いに向き合い続けることに意味があると、わたしは思います。
「我が子の成長を喜び、愛(いつく)しむ両親の姿とその日々の営みをみつめ、いのちにふれるドキュメンタリー」――『帆花』のチラシの裏面には、そんなコピー(映画の紹介文)が書かれている。
西 映画の宣伝コピーやチラシの文章は、宣伝の方向性を探り、決めるという意味においても、できることなら自分で手掛けたいと思っています。『帆花』という作品の根幹にあるのは、帆花ちゃんに対するご両親の愛情と、すくすくと成長している帆花ちゃんのいのちそのものだと思います。でも、それをどう表現すればいいのか、ギリギリまで迷いました。プレス資料のために行ったインタビューの中で、帆花ちゃんの父である秀勝さんは「帆花のあたたかな肌にふれたときに初めて娘が生まれたことを実感できた」と語っていました。あたり前ですが、わたしたちは相互に関わり合いながら、時間を積み重ねて他者と関係を築いていくのですよね。そんなことを考えながら映画を観直したときに、「日常の中で積み重なり、育まれていくもの」「ふれあうことで通じあい、みちていくもの」というフレーズが思い浮かびました。
ドキュメンタリー映画『帆花』――出演者たちの日常を収めた映像の中にはさまざまな印象的なシーンがある。帆花さんとご両親を取り巻く人たちの温かな眼差し、何気ない振る舞い……。
西 きっと映画に登場する方々も帆花ちゃんやご両親とたくさんの時間を積み重ねていらしたのだと思います。『帆花』は72分と短いのですが、帆花ちゃんとご家族が過ごしてきた時間が観る人の中に積み重なり、帆花ちゃんの存在とご家族の生活をすごく身近に感じることができる作品だと思います。帆花ちゃんが生まれ、理佐さんと秀勝さんが親になり、3人が家族になっていく過程を、映画を通して見守るというか、親戚気分になれるというか……。文学紹介者の頭木弘樹さんが映画に寄せてくださったコメントの中で、「私たちは『帆花ちゃんの周りの人たち』のひとりだ」と書いてくださっているのですが、映画をこれからご覧になる方々にはそういうことも感じていただけたらうれしいです。帆花ちゃんとご家族は、わたしたちと同じ社会に今も一緒に生きているのですから。
これから、西さんはリガードという会社で、どういうドキュメンタリー映画を宣伝し、配給していくのだろう。平成から令和の時代に移ったダイバーシティ社会の中で、映画の仕事を通して“伝えたい何か”があるのだろうか。
西 わたしの中に“伝えたい何か”があるわけではないんですよね。強いて言うならば、監督や出演者の思いをきちんと受け止めて、伝えていきたいということでしょうか。配給・宣伝する立場で、どのようなテーマの作品が望ましいかを考えてみても、特に「これ!」というこだわりはないので、むしろ監督の強いこだわりが感じられる作品を担当したいですね。映画を届ける配給・宣伝という仕事は、“人の思い”あってのものだと思いますから。
2022年1月2日(日)よりお正月ロードショー
ポレポレ東中野ほか全国順次公開
2021/日本/72分/DCP/ドキュメンタリー
©JyaJya Films+noa film
監督・撮影:國友勇吾
撮影:田崎絵美 編集:秦岳志 整音:川上拓也
音楽:haruka nakamura
プロデューサー:島田隆一
製作:JyaJya Films+noa film
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)|独立行政法人日本芸術文化振興会
配給:JyaJya Films 配給協力・宣伝:Regard
※本稿は、現在発売中のインクルージョン&ダイバーシティマガジン「オリイジン2020」からの転載記事「ダイバーシティが導く、誰もが働きやすく、誰もが活躍できる社会」に連動する、「オリイジン」オリジナル記事です。