「この映画を必要としている人がいる!」と思える作品

西 結果として在籍した会社ではずっとドキュメンタリー映画の配給・宣伝を担当しました。それは「製作側に行けなかった」というよりも、映画を観客に届ける配給・宣伝の仕事がおもしろくなったということです。映画の宣伝は、担当作品ごとに新しい世界が広がり、新たな知識が得られます。インタビューにも立ち会えるので、監督をはじめとする製作者の方々のお考えを直接伺うこともできます。そういう一つ一つのことが楽しいですし、とても刺激になります。わたし一人の力では限られた世界にしかアプローチできませんが、映画を介することで、さまざまな世界に出会うことができていますね。

 結局、製作側に回ることなく、西さんは10年あまりの会社勤めを経て、独立した。2015年2月のことだ。社名は「リガード」。英語の「regard」は、「(…を)みなす・考える・見る・眺める」などの意味を持つ。

西 社名は『花はどこへいった』などの坂田雅子監督が付けてくださいました。カンヌ国際映画祭に「Un Certain Regard」=「ある視点」部門という賞があって、そこから。ドキュメンタリー映画を世に出すということはオリジナルな視点を提示するということなので、社名にピッタリだなと思いました。また、「Regard」には「敬意」「尊敬」という意味もあるのですが、その2点はドキュメンタリー映画に欠かせないものでもあります。

 認知症の人、耳の聞こえない人、発達障がいのある人……リガードが配給・宣伝を手掛けるドキュメンタリー映画は、ダイバーシティ社会を実感させる、さまざまな人のあらゆる生き方を映し出したものが多い。知る人ぞ知る、玄人好みの、誤解を恐れずに言えば「マイナー」とくくられる作品がラインアップしている。

西 坂田雅子監督・関口祐加監督・今村彩子監督とは長くお付き合いをしているので、新作のお話を企画の段階から伺うこともあり、その流れで配給・宣伝もご一緒させていただいていますが、それ以外は、作品ごとにプロデューサーや監督から個別にご相談を受けています。業界内にはさまざまな配給・宣伝会社があります。コンスタントに映画をヒットさせるなど、信頼できる会社もあります。そういうなかでリガードにお話が来るということは、興行や宣伝における難しさがあらかじめ予想される作品なのかな、とは思っています。もちろん、過去に手掛けてきた作品ラインアップを見てご相談くださった方もいらっしゃいます。そういうときはこれまでの仕事が評価されたようでうれしいですね。

 映画の配給・宣伝が、ボランティアではなく、私企業による事業である以上、製作者へのリターン(報酬)を含め、利益を出すことが大前提だ。興行収入をそれほど期待できないような作品を手掛けることにはリスクが伴うだろう。

西 たくさんの方に観ていただくことが映画にとっても、監督にとってもいちばん幸せなことだとは思っています。ただ、たくさんの人に観てもらえなかったとしても、本当に必要としている人に映画が届くのであれば、それもまた映画と監督、そして、お客さんにとって幸せなことだとわたしは考えています。新しい作品のお話をいただく度に、「どういう方がこの映画を必要とするのだろうか」と想像します。場合によっては監督やプロデューサーご自身が必要に迫られて映画を創られていることもありますし、出演者の方々の存在にある種の切実さを感じることもあります。監督、出演者、お客さん……誰かにとってかけがえのない映画だと思えたら、宣伝も配給も頑張れますよね。