経営者や著名人に圧倒的な信頼を得るインタビュアーの宮本恵理子さん。一瞬で相手の心をほぐし、信頼を得る宮本さんの聞く技術についてまとめた新刊『行列のできるインタビュアーの聞く技術 相手の心をほぐすヒント88』では、相手の心に寄り添い、魅力を良さを引き出す宮本さん独自の技術をふんだんに盛り込みました。今回は、宮本さんが業界のキーパーソンと「聞く技術」をテーマに語り合ったオンラインイベント「聞く技術フェスティバル」の内容を紹介します。聞くフェス4回目のゲストにお招きしたのが、編集者として活躍するコルク代表の佐渡島庸平氏。『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』など数々のヒット作を手掛けてきたカリスマ編集者は、作家やマンガ家などの話をどのように聞いているのでしょうか。(構成/宮本香奈)

コルク佐渡島氏が教える聞く力の高め方「基本的にコミュニケーションはズレている」<br />2021年11月に開催された聞く技術フェスティバル2021
コルク佐渡島氏が教える聞く力の高め方「基本的にコミュニケーションはズレている」<br />佐渡島庸平さん(左)。東大卒業後、講談社の「モーニング」編集部で井上雄彦『バガボンド』、安野モヨコ『さくらん』のサブ担当を務める。三田紀房『ドラゴン桜』を立ち上げ、小山宙哉『宇宙兄弟』のTVアニメや映画実写化を実現。2012年に講談社を退社し、クリエイターのエージェント会社・コルクを創業。コルクスタジオでは、インターネット時代のエンターテイメントのあり方を模索。新人マンガ家たちと全世界で読まれるマンガの制作に挑戦中。

宮本恵理子さん(以下、宮本) 「聞くフェス」4日目にはコルク代表の佐渡島庸平さんをお招きしました。実は私は、佐渡島さんに改めて時間をいただいて、ゆっくりとお話を聞くことがほぼ初めてなのです。

佐渡島庸平さん(以下、佐渡島) 随分以前からの知り合いなのに、これまではしっかりとお話する機会があまりなかったですよね。

宮本 私が拙著『行列のできるインタビュアーの聞く技術』の原稿を執筆しているころ、佐渡島さんの最新刊『観察力の鍛え方』が発売になり、とても勉強になりました。同時に「観察力と聞くことはつながっている」とも感じました。

佐渡島 僕が『観察力の鍛え方』の中で語っている「見えないものを見る」というのは、限りなく「聞く」に近いのかもしれませんね。聴覚は、死ぬときでも最後まで残ると言います。だから「見る」ことよりも「聞く」ことの方がより原始的なスキルという可能性もあります。

宮本 「見る」の場合、「まぶたを閉じて見ないようにする」という選択肢がありますよね。でも「聞く」は、瞬時に耳を閉じることができないので、音が勝手に入ってくる。その違いは大きいかもしれません。

佐渡島 「見る」を限りなく物理的な「見る」として捉えるか、そうでなく「考える」として考えるのかということなんだと思います。僕は最近、ドミニク・チェンさんの「共在感覚」の話が印象に残っています。彼は著書の中で、アフリカの部族に「昨日、どうしてました?」と聞くと、実際には数百メートル離れたそれぞれの家にいた人たちが「一緒にいた」と答えることがあると書いているんです。それって、僕たちにとっては不思議な感覚ですよね。

宮本 不思議ですね。

佐渡島 きっと「相手が見ている景色が自分にも見えている」という感覚があるのだと思います。

宮本 その感覚は、もしかすると「聞く」と「見る」が同時にうまくいっている時に起こることなのかもしれません。

 佐渡島さんの本に引用されていた漫画家・羽賀翔一さんの作品に、「よく『見る』と、『聞く』ができるようになる」といった記述がありました。インタビューでも、私は無意識のうちに相当な割合で「観察」しているだなと自覚しました。

佐渡島 インタビューを受けていると、時々こんなことが起こるんです。聞き手となるライターさんが、最初から「こういう文章を書こう」と思っていて、僕がいくら話をしてもほとんど聞いていない。つまり聞き手の頭の中に既にあることを拾って原稿を書こうとしていることがあります。

宮本 陥りがちですよね。

佐渡島 ライターに限らず、実際には大多数の人が、会話の7割くらいしか音を拾えていないそうなんです。聞き逃した音は脳が補完している。

宮本 「聞く」のも、脳の経験則なわけですね。

佐渡島 脳が補完しながら聞いているから、最初からある種の答えが用意されている状態でもあるわけです。

宮本 頭の中で勝手に補助線が引かれている、ということですね。

佐渡島 言葉そのものも、単語の意味を自分の中にある概念で捉えていますよね。

宮本 本人の言った意味と相手の受け取った意味が違っている場合は多いですよね。

佐渡島 そもそも単語って、話し手と聞き手の間で認識が異なるケースの方が圧倒的に多いんです。特に抽象的な概念の場合、お互いの認識はほとんど揃っていません。

 例えば「愛する」という単語の認識なんかは、どうやったって揃わないわけです。だってエチオピアでは、たいてい4人ぐらい奥さんがいて、男性はそれでも奥さんを一人ひとり愛しているわけです。でも日本で今、「僕は奥さんが4人いるけれど、全員を愛している」と言ったら大変なことになりますよね。

 そう考えると、言葉の意味を丁寧に合わせていくことが「聞く」ことなんじゃないかと、僕は思うんです。

宮本 エチオピア人なら「自分とは違う世界にいる」と分かりやすいから、「自分と相手の解釈は違う」という前提に自然に立てる気もします。でも実は、同じような属性の人の間でも解釈が大きく違うことがある。

佐渡島 日本人は、欧米と違って、「階級」が同じであるという前提でコミュニケーションが設定されています。けれども、今はその前提が通じなくなっています。色んなところでズレが生じているように感じますね。

 だからコミュニケーションは「基本的にズレている」という前提で聞くといいんです。そうすればズレを探しながら聞けますから。どのくらいズレを意識しておくのかが重要ですね。(2022年1月21日公開記事に続く)