今の自分に必要な本は、自分の心が一番知っている

あなたはどう生きるか?悩み多きビジネスパーソンへ捧ぐ、「教養」を身につける方法【山口周×堀内勉×篠田真貴子】篠田真貴子(しのだ・まきこ)
エール株式会社取締役。社外人材によるオンライン1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年~2018年ほぼ日取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。監訳書に、『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』(日経BP)、及び『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』(ダイヤモンド社)。

篠田:チャットのほうでもたくさんコメントや質問をいただいています。一番多いのが「どういう本を読んだらいいでしょうか?」というご質問。

 ちょっと私の体験を簡単にお話しさせていただくと、私自身の「存在感が揺らいだタイミング」のひとつはやっぱり、子どもが生まれたときなんですよね。一人目が生まれたのが2003年で、その頃はまだ子育てしながらキャリアもがんばる方が少ない時代でしたし、私もうまく仕事と家庭の両立ができずに追い詰められていました。そんな状態から持ち直すきっかけを作ってくれたのが、実は勝間和代さんの本だったんです。

 彼女と私は同級生で、しかもマッキンゼーで働いていたときの同僚でもありました。そして彼女にもお子さんがいて、その彼女が、本を書くことで世の中とつながろうとしている。そこに私は希望を感じたんですね。それから彼女が書くものを読みはじめて。途中から自分なりの方向に分岐したんですけど……。勝間さんの著作を教養書だと考える方は少ないと思います。でもその時期の私にとっては、生き方を助けてくれる本だった。そういう形でもいいと思うんです。

 もう一回質問に戻すと、「どういう本を読んだらいいかわからない」「好奇心の範囲が広すぎて、何から読みはじめるべきかわからない」と感じている方に対して、こういう本の手の取り方をすすめますよ、などのアドバイスがあれば教えていただけますか?

堀内:そうですね、篠田さんが言われていた通りだと思うんですけど、「どういう本を読めばいいでしょうか」って質問が出てくるのは不思議だなぁと思っていて。「私はどういう食べ物が好きなんでしょうか?」って人に聞かれても答えられないじゃないですか。「食べたいものを食べればいいじゃないですか」って答えにしかならないですよね(笑)。

 まさにそういうことで、自分が読みたい本を読めばいいんですね。「自分が何を読みたいのかわからない」と感じているのであれば、どういう本を読めばいいか聞くのではなく、まずは自分に向き合うべきなんですよ。

 おそらく、カントとか読んでわかってるふうの「教養人」みたいな像が頭の中にあって、「そういう人になるには、どういう本を読めばいいのか?」という思考になってると思うんですよ。でも、自分に必要な本なんて、自分の心が一番知ってるはずなんです。さっきの山口さんの話みたいに、読んだら「これは本当だ」と感じることができるはずなんですよ。だから、まず自分の心に問いかけるところから始めたほうがいい、っていうのが私からのアドバイスです(笑)。

山口:僕、本って人とすごく似ているなと思っていて。トリュフォーが映画化した『華氏451』は、本の所持や読書が禁止された架空の世界を描いた物語なんですが、その世界のなかで人々は本の内容を丸暗記して、人が本になる、つまり、あの人はドストエフスキーの『罪と罰』、あの人はスタンダールの『赤と黒』というように、それぞれの本の語り部になっていくんですね。それと似ていて、いい本ってある種の人格を持っている感じがあるんです。

 何を言いたいかというと、本って、あるタイミングで出合うとすごくいい影響をもたらすけど、そうじゃないタイミングで出合うとぜんぜんダメなんですよ。さっき篠田さんが話してくれた、勝間さんの本と出合った話は、あるクロッシング・ポイントで出合ったからこそすごく刺さったわけで、極論、タイミングが1週間ずれたらなんとも思わなかったかもしれないわけです。突然子どもが大きな事故にあったり、親が急に亡くなったりしたら、その瞬間に刺さる本って変わっちゃうんですね。

 僕が今でもずっと胸に刻んでいるアドバイスがあって。組織開発のトレーニングでイギリスを訪れたとき、マイクという組織心理学の先生がくれた言葉で、今でも言われた瞬間のことをはっきりと覚えてます。トレーニングの最終日、テラスでランチをとりながら「帰ってからも継続的に勉強したいから、オススメの本を僕に共有してくれないか」と伝えたら、彼に「やめておいたほうがいい」って言われたんです。

 滞在中、自分を楽器にたとえて「ここに来てから乱れていたチューニングが揃って、綺麗に音が鳴るようになった感覚がする」と語った僕に、マイクはこんなアドバイスをくれました。「Stay tuned.(調整済みでいなさい)」と。「そうすれば(本は)向こうからやってくる。必ず目の前を通った時につかめるから」って。

 それはすごく大切な言葉をもらったなぁという感覚がしていて。渇いた人が水を求めるように、カロリーが不足した人が炭水化物を欲するように、自分に一番必要なものってフィーリングが求めているはずで、その声を聞かずに「あれが流行ってるから」「これをおすすめされたから」って頭でっかちに勉強すると、自分にとっては必要ないものも自分の中に入れちゃう気がします。

篠田:ひとりひとりにとってその時々で「いい本」は変わるし、同じ本を読んでもどの部分が自分の血肉になるかって違うんですよね。