新規事業を生み出すのは、いつだって難しい。事業のタネを見いだし育てる過程で、さまざまな壁にぶつかって悩む新規事業担当者は多いだろう。そんな中でも「仕組みで新規事業を生み出している」会社では、何が起きているのだろうか。
『大企業ハック大全』刊行に先駆けて、2021年10月31日に開催されたONE JAPAN CONFERENCE 2021では、笹原優子氏(株式会社NTTドコモ・ベンチャーズ 代表取締役社長)、佐橋宏隆氏(SBイノベンチャー株式会社 事業推進部部長/STATION Ai株式会社 代表取締役社長 兼 CEO)、そして渋谷昭範氏(株式会社リクルート 経営企画室Ring事務局長)をゲストに迎え、麻生要一氏(株式会社アルファドライブ 代表取締役社長 兼 CEO/『新規事業の実践論』著者)の進行のもと、社内から新規事業を量産するための仕組みについてディスカッションした。(構成/板村成道)
いま、新規事業支援で成功している3大企業が展開する仕組みとは
株式会社リクルート 経営企画室Ring事務局長
大学卒業後の1997年、NTT持株会社の研究所に入社。ベンチャーを経て、2005年にリクルートに入社。WEBマーケを担当後、2010年に上海の現地子会社に赴任。その後、シリコンバレーとインドでベンチャー投資を担当。2014年にソフトバンクに転職し、事業開発を担当。その後、ベンチャー企業1社を経て、2017年にリクルートに再入社し、買収したベルリンの子会社のCMOとして赴任。2018年に東京に戻り、リクルートの新規事業提案制度「Ring」の企画・運営責任者に就任(現任)。リクルート時代にNew-RINGに入賞、ソフトバンク時代にイノベンチャー最優秀賞を受賞。
麻生要一氏(以下麻生):本日モデレーターを務めます麻生要一です。企業内新規事業の支援に特化したライフワークを送っています。ONE JAPANとONE JAPAN CONFERENCEを応援しているAlphaDrive / NewsPicksという事業部門のCEOです。企業変革を推進するコンサルティングソリューションカンパニーという事業内容で、これまで創業から3年間で58社の大企業の中で6800チームの新規事業を支援してきました。
いろいろな会社の仕組みを見てきているのですが、大企業の中から新規事業を生み出していくという仕組みの完成度でいえば、今日お話を伺えるのは本当にトップの3社だなと思います。前半は、各社の新規事業の仕組みについて伺い、後半のパネルディスカッションではいくつかのテーマで深めていきたいと思います。
渋谷昭範氏(以下渋谷):リクルートグループの新規事業提案制度「Ring」の事務局責任者と、Ringの後の新規事業開発の組織長をしている渋谷です。
Ringは1983年にスタートして、そろそろ40周年です。起案リーダーがリクルート社員であればアルバイトや社外の方でも参加できる制度になっています。Ringから生まれたのは、たとえば「カーセンサー」「ゼクシィ」「スタディサプリ」「HOT PEPPER」「R25」などですね。
毎年の応募件数は1000件ほどです。現在は、年に1回のプログラムで運営しています。第1クォーターで募集、第2クォーターで書類審査、第3クォーターに2か月ほどのブラッシュアップを経て、2次審査と最終審査。そして2月にその年の「Ring AWARD」を表彰しています。
Ringをやっていると「新規事業を作っているの?組織文化を作っているの?」という質問をいただきます。僕は「両方作っているんです」と回答しています。
たとえとして、ワインのぶどう畑の話をします。金賞をとれるワインはなかなか生まれないんですよね。ひょっとしたら10年に1度くらいかもしれない。また、ワインの出来は3つの要素に影響されると言われます。まず「天候・気候」で、これは誰もコントロールできません。運次第、まさに神のみぞ知る、という要素です。次に「土壌や風土」があります。肥えた土や澄んだ水が必要で、これを作るには長い年月が掛かります。Ringには39年、先輩たちが守ってきた風土があります。最後に「栽培や醸造の方法」です。最後の手法は常にアップデートしつづける必要があり、Ring事務局として、プログラムを日々改善しています。当たり年やハズレ年みたいなものあるでしょうし、本気で事業開発に挑戦していれば、不通過となった起案も、撤退となった事業も肥やしとなって風土として積み上がっていくと考えています。だから、新規事業と組織文化の両方を作っているとお答えしているんです。
笹原優子氏(以下笹原):NTTドコモ・ベンチャーズの笹原です。私たちはNTTドコモの子会社になりますので、NTTドコモの新規事業の話をさせていただきますね。私は1995年にドコモに入社して26年、ドコモ一筋です。その中で1999年のiモードのサービス立ち上げや、ガラケーやスマホの端末ラインアップをどうするかなど、基本的に社内の新規事業に携わっていました。
その後、39worksという社内起業家の新規事業創出プログラムの運営を7年弱やりまして、この6月からコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)で代表をしています。39worksは2014年7月から開始しているのですが、立ち上げのきっかけはR&Dの一部署からポップアップで始まったという感じのものになっています。その後は「LAUNCH CHALLENGE」というドコモグループの社員全体を対象にした新規事業開発プログラムを立ち上げました。
そして、LAUNCH CHALLENGEの質をさらに高めようということで、企業内大学のdocomo academyや39℃というイベントも立ち上げて、マインドとスキルの醸成もスタートしました。社内巻き込みについては、R&Dの組織だけだとちょっと物足りないので、人事部門や事業部門と協力してやっているんです。
39works、そして新規事業創出のプログラム自体も、こうやって少しずつ組み合わせながらリーンで立ち上がってきて、取り組みの全体像としては、企画数1161件、検証件数115件、事業化プロジェクト数41件となっています。また「社内ベンチャー制度」を通して2社設立されていて、プログラミング教育の「embot」とMRプロジェクトの「L'OCZHIT」が子会社化されました。さらに事業部門へ移管したものとしてMaaSのサービス「Smart Parking system」も出てきました。
佐橋宏隆氏(以下佐橋): SBイノベンチャー株式会社の佐橋です。SBイノベンチャーはソフトバンクの100%子会社で、「ソフトバンクイノベンチャー」という社内起業制度の運営と、そこから生まれた事業のインキュベーションを担当している会社です。私はその事業推進部長として、ゼロイチのビジネス開発をしています。また愛知県のPFI事業「STATION Ai」の代表も務めていて、外部のスタートアップに対するインキュベーションを行っています。
ソフトバンクイノベンチャーは2011年にスタートしました。目的は大きく2つ、事業のタネを作っていくことと、事業を創出できる人材を育てていくことです。ソフトバンクは実はあまりゼロイチをやる会社ではなくて、ゼロイチの仕組みはイノベンチャーがグループの中でも唯一といっていいほどです。
ゼロイチの部分というのはみなさんご承知の通り、不確実性が高く、多産多死の領域ですよね。そこでイノベンチャーの仕組みを通じて育てていって、生き残って成長してきた事業をグループ各社に渡し、スケールをさせていく。そんなインキュベーションの役割を担っています。
仕組みについては、うちもリーンスタートアップのマイルストーンをそのまま採用したステージゲートです。「Innoventure Lab」には、グループの社員が新規事業の立ち上げ方を学ぶことができたり、チームと出会う場があったり、立ち上げの準備をするような場があります。5200名の登録があり、この人たちに対して事業開発のノウハウを伝えたり、事業のタネを見つけるためのお手伝いをしたりしています。そして準備OKという状態になったら「ソフトバンクイノベンチャー」に応募してもらうという流れです。この審査を通過すると今度は予算がつくんですね。だいたい1プロジェクト500万円くらいで、常時20プロジェクトほどが動いています。
「Innoventure Studio」ではβ版のプロダクトをさっそく開発して、仮説検証を進めます。まずは顧客は少なくてもいいので、繰り返し使いたいと思ってもらえるようなファンを作っていきます。スモールに、特定のセグメントでPMF(Product Market Fit)の状態を作っていくんです。
それがうまくいったら事業化ですね。ソフトバンクの中で一サービスとして立ち上げることもあれば、子会社として設立することもあります。SBイノベンチャー株式会社の下に子会社を立ち上げて、まさにスタートアップがSEED、シリーズA、シリーズBという形で段階的に資金調達していくのと同じように、そこに対して段階的に資金支援・経営支援をしていくという仕組みになっています。これまでの件数ベースでいうと、応募案件数が約7100件、事業化検討案件数が約100件、そこから社内でのサービス化と法人化を合わせて事業化案件が20件程度生まれています。