大企業を揺るがす事案として記憶に新しい、メガバンクの度重なるシステムトラブル。もし、自分がその当事者だったら? 自分がいかにプロフェッショナルとして働いていても、組織に所属している限り、何かのきっかけで、自分の存在感を揺るがすほどの危機的状況に直面することがある。そうしたとき、最後に私たちを支えてくれるのが、「教養」と呼ばれる知識や経験なのではないだろうか。
『大企業ハック大全』の発売に先駆けて2021年10月31日に開催されたONE JAPAN CONFERENCE 2021では、「悩み多きビジネスパーソンへ捧ぐ、教養を身につけるまでのプロセス〜あなたはどう生きるか〜」と題して、世界のビジネスリーダーも読んでいる経済・哲学・歴史・科学200冊を紹介した『読書大全』著者の堀内勉氏(多摩大学社会的投資研究所)と、『ビジネスの未来』『世界のリーダーはなぜ「美意識」を鍛えるのか』など多くの著書を持つ山口周氏(Independent Researcher)をゲストに、篠田真貴子氏(エール株式会社)の進行のもと、危機的状況で力を発揮する「教養」についてディスカッションを行った。(構成/坂口ナオ)
自らの苦しみを「one of them」へと変えたのは読書
多摩大学社会的投資研究所教授・副所長、100年企業戦略研究所所長。東京大学法学部卒、ハーバード大学法律大学院修士課程修了。日本興業銀行(現みずほ銀行)、ゴールドマンサックス証券、森ビル取締役専務執行役員CFOを経て、現在、アクアイグニス取締役会長、LIFULL Investment社外取締役、田村学園理事・評議員、麻布学園評議員、川村文化芸術振興財団理事、社会的投資推進財団評議員、経済同友会幹事、アジアソサエティ・ジャパンセンター・アート委員会共同委員長他。著書に、『ファイナンスの哲学』(ダイヤモンド社)、『資本主義はどこに向かうのか』(日本評論社)、『読書大全』(日経BP)等。
篠田真貴子氏(以下篠田):堀内さんは、ご著書にも銀行員時代に危機的な状況に直面したと書かれていましたね。その頃って何歳ぐらいのときだったのでしょうか?
堀内勉氏(以下堀内):36〜37歳くらいでした。当時は興銀証券(今のみずほ証券)で働いていて、自分のキャリア的に「次はロンドン興銀に異動するだろう」と信じて楽しみにしていたんですね。そしたらいきなり「君、総合企画部に行きなさい」って言われて。というのも、銀行の経営がかなり“やばい”ことになっていたので、自己資本調達や格付、IRをやる人間が必要だったんですね。私はそのために、突如、ロンドンじゃなくて丸の内に移動になったんです。
そのときに、銀行が音を立てて崩れていくのをリアルタイムで見ていましたね。大蔵省の接待事件で、東京地検特捜部が総合企画部に入ってきた瞬間も現場にいました。今でも手に取るように思い出せますよ。検察官が入ってきて、当時副部長だった今のみずほフィナンシャルグループ会長の佐藤康博さんが対応したんですけど、応接室の中から「逮捕するぞ!」って怒鳴り声が聞こえてきて。フロアにいた社員全員凍りついてました。私自身も大蔵省の担当だったので、被疑者として何度も取り調べを受けましたね。28回も東京地検特捜部に通いました(笑)。
篠田:笑って話してますけど、これすごい話ですよ……! 当時の日本興業銀行って、優秀な人ばかりいる立派な会社だと世間からも思われていたし、本人たちも少なからずそういう意識はあったんですよね。それが東京地検特捜部ですよ。「捜査を受ける」という言葉以上の大きな衝撃があったと思うんです。職場がそういう状況になって、個人的にも大変な危機に陥ってしまったとき、当時の堀内さんを人として保たせたもの、今日につながる「教養」とされるものは、どんな形になっていらしたんでしょうか。
堀内:そうやって精神的に追い詰められていくと、どんどん自分の内側に埋没していくわけですね。視野がどんどん狭くなって外側が見えなくなって、自分の内側にスパイラル状に落ちていって、生きてること自体に意味が感じられなくなっていく。そのときは、やっぱり本に救われました。いろんな経験を本の中で垣間見ることができるんですね。
私、フィクションはあまり読まなくて、ノンフィクションを読むことが多いんです。それはやっぱり、他者のリアルな経験を自分も感じたいからなんですね。過去の人たちの経験を知ると、自分の苦しみは「one of them(大勢の中のひとり)」だと相対化できるんです。
篠田:当時読まれた本で、今も覚えてらっしゃるものはありますか?
堀内:『読書大全』の前書きでも紹介しましたが、日本のフィクサーと呼ばれた瀬島龍三さん、陸軍大学を首席で卒業し大本営に配属され、太平洋戦争で日本の指揮官になった人物の著書『幾山河:瀬島龍三回想録』です。
そこには、彼がシベリアに抑留されていた11年間の話がすごく詳しく書いてあるんですね。「エリート軍人だった自分がシベリアに抑留されてみると、裸の自分に戻らざるを得なかった。そこで人間として何を考え、どう生き延びたか」みたいなことが。その苦しみみたいなものを読んでると、すごく腑に落ちてくるんです。「人間にはいろいろある」と。そこから「ただ苦しみや悲しみに身を任せるのではなくて、自分の道をどう切り開いていくかは、自分で考えていかなきゃいけないんだ」ということを、すごく感じましたね。