マルチステークホルダー資本主義を超えて
企業は大きく、3つの市場に向き合っている。人財市場、顧客市場、金融市場だ。しかし、これらは相互に独立した市場ではない。まず人財市場においてエンゲージメントが高まることで生産性や創造性が高まり、それが顧客市場においてブランド共感度を高め、その結果、企業の財務パフォーマンスが高まるのである。
2020年1月のダボス会議(世界経済フォーラム)では、マルチステークホルダー資本主義が主題となった。株主の利益を優先する従来型の「株主資本主義」が批判される中で、顧客や社員などといった多様な関係者の利益に配慮することで、資本主義を延命させようという試みである。
しかし、関係先に媚びへつらう八方美人になるだけでは、真の持続可能社会を拓くことはできない。パーパス経営の先進企業は、この3つの市場の因果関係をしっかりと見据え、パーパスの輪を、社員、顧客、株主へと、その順番で広げていくことを経営の根幹に置いているのである。
ディップは、この3つの順番をしっかり守ることによって、パーパスの輪を広げ、急成長を遂げてきた。まさに「資本主義(キャピタリズム)」の先を拓く「志本経営(パーパシズム)」を実践してきたのだといえよう。
自律と規律
先に述べた「ファウンダーズスピリット」からも判るように、ディップは社員一人一人の主体性を成長の原動力としている。リクルートで「圧倒的な当事者意識」を叩き込まれた大友氏は、それを大切にしてきた。
たとえば新入社員は、「一流のプロのビジネスパーソンとなるための八か条」を教えられる。主体性、基礎の徹底、自己管理、自己研鑽、目標設定、自己責任、勝利への執念、人間性の8項目である。そして「人生の舞台の主人公は自分」という信念を持つことが求められる。
ディップは社員の心に火をつける仕掛けを、組織のいたるところに埋め込んでいる。たとえば「ツキイチ」と呼ばれる上司と部下のOne-on-Oneミーティングや、半期ごとの「ワークライフヒアリング」。そこではリクルートでも使われている「Will-Can-Must」というフレームワークに基づいて、「マイ・パーパス」の自覚と行動を促す。
このような「励ましの文化」の中で、社員はそれぞれの個性に磨きをかけていく。一方で、各人が、クライアントの「期待を超える」成果を上げることが求められる。この「自律」と「規律」の徹底こそが、ディップの社員が最速で育ち(藤沢久美著『あの会社の新人は、なぜ育つのか』より)、その集積としてのディップが急成長していく原動力となっているのである。
日本の伝統的な企業は、「規律」を基軸としてきた。成長の限界を迎える中で、新事業を探索するために、「自律」を奨励し始めている。しかし、「自律」だけの組織からは、スケール感のある事業が育つことはない。これが今、日本でパンデミックの様相を呈しているアメリカ流「両利きの経営」の大きな落とし穴である。
シリコンバレーでは、「自律」と「規律」を高いレベルで達成することこそが、成功のカギとされている。たとえば、驚異の急成長を遂げたネットフリックスでは、「フリーダム(自律)」と「レスポンシビリティ(規律)」の両立が、最重視されている。同社の創業者リード・ヘイスティングスが自著『No Rules』の中で語っているように、「ルールなし(自律)」という経営を実践するためには、徹底した自己責任(規律)が求められるのである。
「ガバナンス」の究極の姿は、社外取締役などによる外付けのガバナンスではなく、「セルフ・ガバナンス」にある。そのためには、社員一人一人がパーパスを自分ごと化して、自律と規律を内蔵することが求められる。ディップは、そのような「自走するガバナンス」を見事に実践しているのである。(第三回につづく)