改革のスタートは、社員の声を直接聞くことから

社員の力を最大限に引き出す組織づくりとは?変革を推し進めるNECと三菱重工の葛藤とリアルに迫る森田健(もりた・たけし)
日本電気株式会社 カルチャー変革本部長
1995年NEC入社後、地方拠点営業、業種ソリューション営業を経て、2012年より経営企画本部にて中期経営計画推進、企業変革を担当。2018年にカルチャー変革本部を立ち上げ、本部長代理として全社変革イニシアチブ “Project RISE” を推進。その後、デジタルヘルスケアの新事業立ち上げに責任者として参画。本年4月、カルチャー変革本部長として全社変革に再登板。Project RISE2.0で、現場改革と働き方改革(Smart Work2.0)を担当し、機敏で強い現場づくりと、社員の働きがい醸成に向けて日々試行錯誤中。

篠田:平野さんは、事業部内での改革に取り組まれています。一方、NEC森田さんの事例は、全社を挙げての改革です。この2社の対比や共通点を考えていこうと思います。まず、平野さんが組織に対して取り組まれていることを教えてください。

平野:民間航空機事業は、この40年ずっと右肩上がりで成長してきました。売り上げベースでは約10倍です。国際線の需要も増えましたし、国内でも飛行機を利用して移動する人が増えましたよね。ですが、コロナ禍のあおりを受け、売り上げも仕事量も激減。

 ただ、そうなる前からすでに組織としての綻びが出ていたのかもしれません。まさに宇田川先生がおっしゃった「慢性疾患」の状態ですね。10年ほど前から、事業部に組織風土改革の臨時チームを作って改革を進めていました。急激な大変革ではなく、一人ひとりと対話をしながら地道に広げつづけてきました。森田さんのお話の中で「人が入れ替わっている」とありましたが、弊社もそのようなフェーズに突入していこうとしています。

 今は、臨時チームも少人数の組織風土改革グループという組織に形を変えて動いてもらっています。私がやってみたいと考えていることに対し、中堅メンバーがさまざまなアイデアを出してくれるんです。たとえば、何かメッセージを配信するにしても、私が考えるよりアクティブなアイデアが生まれます。具体的には、タウンミーティングのような形での対話を企画しているところです。

 私自身は、とにかく現場とのコミュニケーションをとっていくよう心掛けています。人と人との直接的な対話ができない環境下ですので、これまでと同じやり方では通用しません。思いを持って、工夫しながら改革を進めていきたいですね。

篠田:NECでは、社長と社員とが直接対話できる場を設けられました。これは改革前にはなかったことですよね。どのような変化があったのでしょうか?

森田:もともとあの場は、中期経営計画説明会という名目で開催したものだったんです。それは以前であれば、社長が幹部に向かってメッセージを発信する場でした。社員は、あとから幹部経由で社長のメッセージを聞くという構図です。

 しかしあのときは、どうしても「会社を変える」という思いを伝えたかった。そこで、全社員に参加を求めたんです。そして当日も、中期経営計画の説明なんて一切しなかった。ただ、社長が「なぜこのような計画を立てたのか」「なぜ会社を変えようとしているのか」といった思いを、直接、社員に投げかけたんです。社長にとっても真剣勝負の場だったと思います。そして、社長の本気が伝わったからこそ、社員からも忖度しない意見が出た。普通の説明会だったら、誰も「NECは大企業病ですよ」なんて言わなかったでしょうね。

 社長と社員一人ひとりが対話できるような場は、それまでありませんでした。そのため、社員から「またあのような場を設けてほしい」という声が非常に多かった。もともと5回くらいで終了する予定だった対話の場は、結局30回も開催することになりました。

篠田:平野さんも、メンバーとの対話で意識されていることはありますか?

平野:「変わらなきゃいけない」というメッセージは、事業計画の説明の場でもメンバーに伝えています。そうすると、「では平野自身は変わっているのか?」と見られているはずです。だからこそ、メッセージの発信の仕方や内容についても、私自身が前に出る形へと変えています。本当は前面に出ることがあまり得意ではないのですが、組織風土改革のメンバーが背中を押してくれたので、一歩踏み出せたんです。

篠田:宇田川先生はここまでのお話を聞いて、2社の違いや共通点など、どう感じられましたか?

宇田川:まず平野さんのお話は、組織の中の慢性疾患的な問題に対して、組織の皆さんが1つずつ手をつけられている。事業拡大のスピードに組織がついていけなくなると、慢性疾患的に状態が悪化し、しまいには問題が大きくなってしまってどこから手をつけたらいいかわからなくなってしまいます。そこに手をつけ、改革を進められている事例です。

 そして森田さんの場合は、厳しい局面の中、社員一人ひとりが変革の自発性を持てるよう尽力されたのだと感じます。経営層が戦略や方向性を伝えるだけでは、たとえそれが正しいものだったとしても、社員には元気が出ません。なぜなら、経営層が描く風景の中に自分が登場人物になれないからです。そこで直接コミュニケーションをする場を設けて、自発性を芽生えさせていった。丁寧な取り組みだと思います。

篠田:どちらの企業も、事業が非常に多く、拠点も幅広いですよね。そのような中で経営層と社員が対話をすることは現実的ではないようにも思えるのですが。

森田:社長の仕事は会社を経営することであって、事業に直接携わっているわけではないので可能です。弊社の場合、社長は半年間ずっとこの取り組みにかかりきりでした。全国を回ったり海外拠点へ出向いたりもしていましたけど、それでも会社の業績は悪くなりません。逆に事業に携わっている人がこのような改革をするほうが大変だと思います。

篠田:平野さんはまさに事業のトップですよね。頻繁に対話の場を設けられたそうですが、いかがでしたか?

平野:10名規模の対話を30回ほど実施しましたが、正直大変でした。1時間の場だと、1人に対して10分も時間を取れません。しかし、そのような短い時間でも、改革に対してメンバーがどのように感じているのか、率直な意見を直に聞きたかったんです。対話の時間として十分だったかどうかはともかく、その場を設けたことには意味があったと思っています。

篠田:どちらの企業のお話でも、社員の声を聞くことの重要性が伝わってきました。そこで聞こえた声が、改革の土台になったわけですね。