社員が会社を信用してはじめて改革は動きだす

社員の力を最大限に引き出す組織づくりとは?変革を推し進めるNECと三菱重工の葛藤とリアルに迫る宇田川元一(うだがわ・もとかず)
埼玉大学経済経営系大学院 准教授
経営学者。専門は、経営戦略論、組織論。企業変革とイノベーション推進の領域を研究している。また、さまざまな企業のアドバイザーとして、その実践を支援している。著書にHRアワード2020書籍部門最優秀賞を受賞した『他者と働く』(NewsPicksパブリッシング)、及び『組織が変わる』(ダイヤモンド社)。2007年度経営学史学会賞(論文部門奨励賞)受賞。

篠田:社員の声を聞く場を設け、さまざまなアクションをとってこられた結果、組織にはどのような変化が起きているのでしょうか。NECでは当初、社員向けサーベイの回答率が26%だったそうですね。

森田:はい、ほぼ無視されていたような状況でしたね。でも今は回答率90%なんですよ。3年で90%まで到達できた。活動を始めてすぐには効果が見えませんでしたが、1年ほど続けたところで数値が跳ね上がったんです。社員の声を聞いてアクションにつなげることを継続すれば、どこかのタイミングで社員が「信用してもいい」と思ってくれるんでしょうね。最初は完全に離れてしまっていた経営層と現場が、お互い少しずつ歩み寄った。やはり「Un-freeze」のフェーズが不可欠だったのだと思います。

篠田:平野さんは、これまでの取り組みによって組織にどのような変化があったと感じますか?

平野:コロナ禍の影響を受ける前の話ですが、現場に「みなさんの声」というアンケートBOXを置いていたんです。そこに書かれている内容が、組織風土改革に取り組む以前と比べて改善していると感じます。アフターコロナの今は現場の声自体が減っているので、どうやって社員の声を拾い上げるのかが課題です。

 しかし、改善の手応えは感じはじめています。たとえば私からのメッセージ配信を、これまでのメール配信ではなく、動画にしてWebサイトを作ってアクセスしてもらうようにしたところ、半年ほどで社員の約6割が見てくれるようになりました。まだ積極的に意見を出してくれるわけではなく、あくまでウオッチしている状態ではありますが、以前よりはこちらのメッセージを気にしてくれているのだと思います。

篠田:素晴らしい変化ですね。このようなトップの働きかけがあったとき、現場ではどのような変化が起きてくるのでしょうか。また、トップが改革に向けて動きださない場合、現場は何ができるのでしょうか。

宇田川会社や事業部が変わろうとしている姿を見て、社員は「自分が抱えているモヤモヤを組織も同様に抱えていて、それを改善しようと動いてくれている」と感じるはずです。具体的に何をするかも大事ですが、それと同時に、自分の声がどう扱われているかを社員は見ています。2社の変化は、まさに社員の方々が会社を信用するようになった表れだと思いますね。

 トップが動きださない場合はどうしたらいいのかという問いですが、トップが何も感じていないわけがないと思うんです。実態は、どこから手をつけていいのかわからず、現場にとって芯を食ったアクションができていないだけではないでしょうか。おそらく、トップは社員からの意見を待っているんです。「こうすれば会社はよくなるのではないか」という具体的な施策のヒントを待っている。トップは会社の時価総額を上げることが命題です。そのためには変革が欠かせません。社員からどのように意見を投げるべきかを考える必要があると思います。

 ただ、そのように悩む現場の皆さんに伝えたいのは、「会社を変えよう」と気負う必要はないということ。会社に問題が起これば「組織風土が悪い」と言われ、皆さん一人ひとりが責任を感じて会社を変えなくてはならないと思うかもしれません。しかし、まずは身の回りで「変えなきゃいけない」「これは嫌だ」と感じることに対して具体的な手立てを考え、少しずつ変えていくことが大事なんです。それによって見えてくる風景は変わります。そういう状態をつくることができたら、トップに投げかける意見の質も上がってくるかもしれません。一気に何かを変える必要はないし、自分がそれをすべて担う必要はない。気負わなくていいんです。