販管費を押し下げる強み1
卓越したバリューチェーンの構築

 キーエンスの強さを示す表現として、「ファブレス」、「企画開発力」、「アフターサービスの充実」「グローバル直販営業体制」が挙げられよう。図表3に示したバリューチェーンの各チェーンにおいて、圧倒的な強みを発揮するだけでなく、直販体制による顧客ニーズの早期発見に基づく企画力と、そこから製品開発⇒製造にスピーディに結びつける実行力といった、バリューチェーンが相互に正の影響を与え合う仕組みを確保している。

 一方で、製造工場については徹底して自社では所有しないというファブレスの方針を貫いている。バリューチェーンのどこに力点を置き、相乗効果を生み出しながら、どこは思い切って捨てるのか。キーエンスの戦略の優位性は、卓越したバリューチェーンの構築に如実に表れている。

 総利益率と販管費率の間には、業界別に見ても、同じ業界内でも、一定の比例関係がある。もしそうでない企業があるとすれば、よほど優れた企業(高総利益率&低販管費率)か、よほどダメな企業(低総利益率&高販管費率)のどちらかということになる。

 キーエンスは、前者の代表的な企業と言って良いだろう。世界初、業界初といったニッチ製品を開発し、中間マージンを取られない直販体制によって高単価を維持できる。ファブレスにより製造そのものは自社で抱えないことにより、製品の移り変わりに伴う製造委託先の柔軟性を確保しつつ、売価に比べて著しく低い調達コスト(売価の約2割)での商品調達を実現している。

 ファブレスについてはキーエンスもホームページにて、下記のように語っている(*2)。

(中略)商品の特性とマッチした技術、生産ラインを持つ工場を柔軟に選択できて合理的です。自社工場を持ってしまえば、新商品を製造するたびにラインの再編成が必要となり、これが生産性の悪化やコスト高を招き、生産体制を意識するあまりに柔軟な企画が生まれなくなってしまいます。世界情勢や市場の変化に左右されず、付加価値の高い商品を大量生産するには、このファブレスという発想が不可欠です。

 キーエンスは日本で有数の平均給与の高い企業として有名であり、キーエンスの誇る企画開発力と営業体制は販管費を押し上げる。しかし、従業員1人あたり売上高6400万円、従業員1人あたり営業利益3200万円(2021年3月期)と少数精鋭であることもまた事実である。キーエンスの経営理念にある、「最小の資本と人で最大の付加価値をあげる」を見事に体現している人材戦略である。

 B2B企業として売上高販管費率約30%は決して低くはないものだが、売上高総利益率80%に比べれば大きな負担ではない。安定して売上高営業利益率50%を実現するキーエンスにとって、同比率は重要視する経営指標の1つととらえてよいものと推察する。

 アフターサービスの充実は、安定した収益をもたらすだけでなく、顧客の現場からの潜在的なニーズを発掘するための営業活動も兼ねている。キーエンスの2021年3月期の研究開発費は160億円と売上比率わずか3%だが、営業やアフターサービスに従事する人員が顧客の潜在ニーズを発掘し、いち早く開発部門へと情報をつなげている以上、営業担当者の人件費という名の目に見えない研究開発費が別途寄与していると見ることもできよう。営業と開発が一体となったキーエンスの企画開発力である。