酒によるトラブルを繰り返し、
家族にも苦労をかける毎日

 高校を中退して働き始めたアイスクリーム工場は、わずか2ヵ月ほどでクビになった。深酒をして、無断欠勤が続いたためだ。17歳で無職となり、当然ながら収入はない。親に頼るしか道がなかった。

 クリスチャンの両親は、当時、彼のことで相当苦労したようだ。浜松で知り合ったクリスチャンの友人女性(日系ブラジル人)はこう語る。

「彼は昔からムチャクチャ。お酒を飲むと、わけがわからなくなって、暴れて、警察に連れて行かれて……。お酒が抜けると一瞬すごく落ち込むんだけど、すぐ忘れて、また飲みに行っちゃう。彼のお母さんは本当に心配してました。お金もかかって大変そうでした」

 クリスチャンが酔った際の悪癖のひとつに、「手持ちのカネが無くても、泥酔すると必ずタクシーで帰ろうとする」というものがある。東京にやって来てからも住所の定まらない生活を送っていた彼は、随所に“被害者”をつくっていた。同じように、彼の両親も、器物損壊などの弁償金・罰金に加えて、この“被害”を受けていたのだろう。しかし、泥酔している本人はまったく覚えていない。

 18歳となったクリスチャンは、「さすがにこのままではまずい」と思い、浜松のキャバクラでボーイとして働くことになった。この時から、トラブルを起こしては知り合いを頼り、全国を転々としながら水商売の世界を渡り歩くことになる。

「水商売の仕事はすぐに見つかりました。もう10年以上水商売の世界で生きてきて、店は10軒以上変わったけど、面接に行けば確実に合格するんですよ」

 その理由は、彼に会ったことがある人間であれば納得できるものだった。クリスチャンの端正な容姿に加え、日本語能力の高さ、そして「人懐っこさ」。モデルのようなルックスとブラジル人らしい陽気さを備えた彼は、酒を飲んでさえいなければ、感じのいい「好青年」にしか見えない。

 19歳の頃、浜松から名古屋の外国人キャバクラへと移る。そこで働き始めた頃に撮影された写真のクリスチャンは、店の女のコたちに囲まれ、シャンパンをラッパのみしていた。スキンヘッドの現在とは異なり、髪もあった。

「この後、急に髪の毛が抜け始めたんですよ。両親とうまくいかなかったり、店の日本人従業員と揉めたり、いろんなストレスがあった頃ですね。20歳の頃、シャンプーしてたら、手に髪の毛が束のようになって。あのときはショックでした。最初は育毛剤とか一生懸命塗ったりしていたんですけど、全然効果なくて。21歳になった頃にはほとんどおっさんですよ。仕方なく、スキンヘッドにしたんです」

 やむを得ない事情があったとはいえ、頭が小さく、形もいい。そして、端正な顔立ち。スキンヘッドが実によく似合っている。

「髪を剃るようになったら、急に女の子にもモテるようになって。20代前半は、カネがなくても年上の女の人がご馳走してくれたり、小遣いくれたりして。キャバクラだと給料は25万円くらいだけど、40万円分くらいの生活はしていたと思います。でも、やっぱり2日とか3日で遣い切ってしまうんですね。気づかないうちに」

 20歳を過ぎてもトラブルは絶えず、仕事も長続きしなかったため、すでに両親からは勘当状態になっていた。しかし、数えきれないほど酒で失敗しようとも、20代半ばまでは生活に困ったことはなかったという。常に、誰かが救いの手を差し伸べてくれた。彼は、男性、特に金持ちの“オヤジ”にモテた。

「別にゲイじゃないですよ(笑)。でも、キャバクラのオーナーとか、客の会社社長とかになぜか気にいられるんですよ」

カメラを向けると嬉しそうにポーズをとる
写真提供:保坂駱駝

 クリスチャンは無邪気にそう語るが、他者が持たぬ「なぜか気に入られる」個性が彼を何度も助けてきた。純粋さを感じさせる眼つきと「日本的上下関係」に耐えうる柔らかい物腰。爽やかなファッションに、所々で垣間見せるラテン系の陽気さ。

 学歴もカネもコネもない。たった一人、異国の地で懸命に生活している若者。成り上がってきた社長たちの中には、かつての自分を投影してなのだろうか、その姿に心をくすぐられ、つい応援したくなってしまった者もいたのかもしれない。そして、彼は常に周囲に夢を語ってもいた。

「おれは日本で必ず成功します。そして、将来日本にはブラジル料理店、ブラジルには日本料理店を出します。ぜひ来てくださいよ。いつでも無料にしますよ」

 そんなことを真顔で口にするのだった。いざという時は強力なボディガードにもなる彼を夜の街で連れ歩けば、「タニマチ心」も満たされたはずだ。

 後述するが、あるオーナーの心を溶かし、24歳の時には東北地方の某県で、27歳の時には名古屋で、キャバクラやバーの責任者を任せてもらったこともある。しかし、そのいずれも続いていないのは、そこから先に「お決まりのコース」が待っていたからだった。

 店の酒を一人で飲み漁り、客や従業員に絡んでは大暴れして警察沙汰。その時になってはじめて、オーナーはクリスチャンの「本性」に気づくことになる。「どうして俺の期待を裏切るんだ」と、時に厳しく、時に彼にとっては「愛が重たい」制裁。そこから逃げるクリスチャン。そして、ふたたび、自分が生きていける場所を探す放浪が始まる……この繰り返しだった。

 彼の20代は常にそのループの中にあったものの、そこから抜け出す道がまったくなかったわけではない。実は、彼の「サッカー留学生」としての物語は続いていた。