「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96カ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。

元外交官が驚いた、“白人至上主義者”が日本を賞賛する理由Photo: Adobe Stock

白人至上主義者の抱える貧困と絶望

「人種差別はいけない」というのは当然の話です。しかし、建前論的に「黒人の権利を! みんな平等な世のなかがいい」というのは簡単ですが、それで終わらせては意味がありません。いっただけで解決するなら、とっくにこの問題は消えています。

 まず、日本人は人種問題について知識が少ないことを自覚し、報道、書籍、映画などで意識的に情報収集から始めましょう。「きちんと学び、知ること」は、問題解決の最初の一歩です。

 その意味で、私が研修などでお伝えするようにしているのは、白人側の事情です。報道も少なく、あまり知られていませんが、差別の構造を理解するには差別する側についての理解も不可欠です。

 トランプ政権誕生後、盛んに取り上げられる白人至上主義者は、決して「自分たち白人が偉くて他の人種はダメだ」と主張している人ばかりではありません。

「黒人やラティーノがアメリカに住むのはいいしアメリカ人だと認めるけれど、白人は白人だけの地域に住んで、黒人は黒人だけの地域に住んだほうがお互いにやりやすいよね」

 この理屈はつまり、「お互いに違うのだから、別々にやろうよ」という考え方で、「分離すれど平等」という分離政策に通じるところがあります。

 この問題について慶應義塾大学の渡辺靖さんが書いた『白人ナショナリズム』(中公新書)というすぐれた書籍があります。非常にわかりやすく、欧米に広がるヘイトクライム、移民排斥、イスラム教徒差別、キリスト教支持などが的確に説明されています。

 この本のなかでとても驚いたのは、白人至上主義者が日本を称賛しているということ。「我が国は単一民族だ」と発言してしまう政治家がいたほど、日本は同質性が強い社会です。

 そこで白人至上主義者は「同質性が強い人たちが社会を構成しているから、日本は犯罪も少ない。ある種の理想だ」と考えているようなのです。

 共通点が多い人同士がまとまったほうが、やりやすい――これは人種問題を超えた、人間の性質そのものに関わる問題のようにも思えます。その点を理解せず、一方的に「白人至上主義者=人種差別主義者」と決めつけるのは早計でしょう。

 彼らはごく普通の人たちで、「同じようなレベルの学校を出て、年収も同じくらいの趣味があう人同士がつきあいやすい」と感じている延長線上で、「分離政策」を夢見ているのかもしれないのです。

 差別する側の白人について、もう一つ忘れてはならないのは白人労働者階級の苦境です。「プアホワイト」「ホワイトトラッシュ」「レッドネック」など、白人ブルーワーカーに対する差別的な呼称を聞いたことがあるかもしれません。

 トランプ大統領を生んだ原動力といわれる白人の高卒以下の労働者階級は、未来を思い描けないジレンマを抱えています。

 2021年のアカデミー賞作品賞を受賞した「ノマドランド」は、家を失って自家用車で放浪しながらさまざまな職を転々とする白人労働者の話です。現在のアメリカが置かれた状況の一面がリアルに描かれている点が作品賞に輝いた一因でしょう。

 もともとアメリカは、人をカテゴリーで分類する傾向があります。白人、黒人、アジア系。大卒、高卒以下。ホワイトカラー、ブルーカラー。こうしたカテゴリーのうち、アメリカでほぼ唯一寿命が縮まっているのは白人高卒以下のブルーカラーです。

 彼らはかつて、アメリカの代表的な中産階級でした。生まれ育った街から出ることはなく、地元の高校に行き、地元産業に就職。結婚も地元で知りあった者同士が珍しくありません。

 敬虔なプロテスタントが多く、家族思い。毎日工場で働き、週末にはバーベキューをし、フットボール観戦は欠かさない。もちろんスマホを持ち、アマゾンを利用する「ザ・アメリカ人」であり、一見なんの問題もなさそうです。

 しかし、非常に限られたコミュニティで暮らし、工場の作業という部分的な業務ばかりしているので、スキルは身につきません。高卒で就職した時も、40歳のベテランになった時も、仕事内容は変わらないのです。

 それでも景気が良かった頃は、十分な所得が得られましたが、時代は変わりました。自動車産業の落ち込みや、人件費が安い海外への工場移転で、失業してしまいます。彼らの収入は落ちていき、中流のはずが貧困層に転落しかかっています。

 転職しようにも、街は一つの産業で成り立っていたので雇用がない。セールスなどの仕事に転じても、決められたことを黙々とやっていた人が多いので、コミュニケーション能力が高いわけでもなく、うまくいかない。新しいことを学ぼうにも、「地元で普通にやっていれば大丈夫」と信じていたので、学び方がわからない。

 その結果、不安や鬱屈の手っ取り早い気分転換となる飲酒や過食、薬物に走り、不健康になり、寿命が縮んでいくのです。

 現状では、黒人より高卒以下の白人の平均収入のほうが高い傾向かもしれません。しかし、黒人は所得が上昇カーブを描いているのに対して、このような白人たちは下降線です。

 彼らが「正しいアメリカ人は自分たちだ」とし、黒人やラティーノ、アジア系を差別するのは、自分たちの絶望から抜け出す道を探しているからかもしれません。

 自分は他の人種より優れている白人だ、まともにやってきた自分が報われないのは、おかしい……原因を誰かのせいにしつづけた結果、「こんな世のなかになったのは、白人でない奴らがのさばったからだ」という憎しみとなって吹き出します。

 メキシコからボーダーを超えてやってくる移民、スーパーで働く黒人、ネイルサロンを開くアジア系は「勝手にきて白人の仕事を奪っている」という憎しみの標的になります。

 アメリカの白人の多数派は、私たちがイメージするシリコンバレーのIT起業家や東海岸のパワーエリートとはまったく違う人々であることも、忘れてはいけないのです。