まず手をつけるべきは、リーダーシップのバイアスを解くこと
日本IBM 取締役副社長
1985年に日本IBM株式会社入社。2020年1月より同社取締役副社長。2008年に役員に就任して以来、社員が自分らしく輝く環境の実現を目指し、D&Iのエグゼクティブ・アンバサダーとして活動中。たとえば、オブザーバーとして社内の女性コミュニティに参画、スポンサーとしてLGBT+コミュニティの当事者やアライシップメンバーと共に活動、メンターとして8か月に及ぶインターンシップ・プログラムにて障がい者との意見交換を実施。対話の中から課題を整理し、改善策の施行を部門横断的に推進している。また、3世代にわたる外国籍の社長との直属関係や、グローバルとの業務連携の経験から多様性の重要性を体感。多くの経験を通して社会・企業におけるD&Iの醸成に向け、社内外での啓蒙活動を継続中。
浜田:今日はダイバーシティ&インクルージョンの中でも、特にジェンダーギャップについて議論したいと考えています。政府は、女性登用目標として「2020年までに指導的立場に就く女性比率を30%に」(通称、202030)を定めましたが、目標は達成できず、「2020年代のできるだけ早い時期に」と修正しました。日本企業の経営層や管理職への女性登用は思うように進んでいません。
資生堂では女性に特化したリーダー研修をやっているとのことですが、成果は出ていますか。この5年で女性部長の比率が12.0%から35.4%に上がっていることも、研修の成果ではないかと思いますが。
魚谷:NLWの大きな成果は、女性自らが管理職を目指そうと思えるようになったことだと思います。実は研修の初日、集まった女性たちに意見を聞いたのです。すると、「なぜ、私がここに呼ばれたのかわからない」「育児と仕事ですでに大変なのに、さらにがんばれというのか」と言われました。それを聞いて私は一瞬、「人選を間違ったのだろうか」と思ったのです。しかしよく聞いていくと、それが彼女たちの本音だと理解できました。
単純に「ダイバーシティが大事だから女性もがんばれ」ではなく、リアルを理解しないとだめだと気づいたのです。リーダーシップと聞くと、「俺についてこい」といった昔ながらの男性社会をイメージしてしまいます。まずは本人たちがそのバイアスを取り除かなければなりません。そのために、NLWでは自分自身を知ってもらうさまざまなプログラムを実践しています。
その結果、参加者の皆さんが「リーダーは自然体でいいのだ」と気づいてくれました。リーダーになるということは、決して自分と違うものになるのではありません。自分が持っている強みを生かし、周囲の共感を得ていくことが大切です。6カ月間の研修を通してそのことを理解し、卒業の際には「将来は役員になってみんなのためにがんばります」と言ってくれる人も現れました。このプロセスが非常によかったと思いますし、私にとっても学びにもなりました。
企業が成長するためには、会社の重要な意思決定を行う場に女性を増やすなど、多様性を持たせたほうがいい。しかし、管理職というベンチに座る女性が増えなければ、その上の経営層も当然増えません。多少時間はかかっても、NLWのような場をつくって将来の経営層を育てていきたいと考えています。
岡島:リーダーシップに対してのバイアスは、女性側にも、リーダーを育成する側にもありますよね。「リーダーのスタイルには選択肢がある」と知ることができるだけで、管理職になるチャンスをつかもうとする人が増えるのではないでしょうか。
浜田:たしかに私自身も、男性のリーダーばかりを見てきたので、「自分には無理だ」と思っていた時期がありました。岡島さんもさまざまな研修を提供されているなかで、どのようにして女性のリーダーシップを引き出していらっしゃるのでしょうか?
岡島:私はやはり、経営者、上司、女性社員本人、という三位一体で働きかける活動が非常に重要だと考えています。女性本人とその上司の理解が異なっていたり、経営トップと執行役員の考えが異なったりすると、女性の管理職登用はなかなか進みません。
たとえば私がお手伝いしているキリングループには、女性管理職比率が4%という時代がありました。そこで、長期経営構想KV2027(キリングループ・ビジョン2027)の中にしっかり「多様性は1つの柱である、これはイノベーションの母である」と書いていただいたのです。そして、グループ全体のトップ約200名の前でもダイバーシティに関する講演を実施して、意識合わせを行いました。
その一方で、入社3〜5年程度という早い段階で女性社員とその上司がペアで参加するキャリアワークショップも実施します。そこで女性社員と上司双方にキャリア教育を行い、彼女たちが一定の年代になったところで手を挙げていただいて選抜型の育成研修を実施するんです。そうやって選ばれた管理職候補の女性社員の方々には、私が伴走しながら経営知識や課題解決スキルなどを提供し、プログラムの最後には経営陣に向けて取締役会さながらに提言していただきます。
キリン・ウィメンズ・カレッジ(KWC)というその取り組みは、現在(2021年)8年目を迎えました。KWCを卒業した女性リーダーはすでに200名ほどになっています。実際、カレッジでの経営提言の中から新規事業が生まれたこともありますし、KWCのOGたちの活躍により社内認知度も上がってきています。KWC生にとっても、仕事やライフイベントの悩みがあるときにOGや同期に相談もできる、皆さんの心のよりどころのようなコミュニティになっているんです。こうした取り組みが少しずつ実り、女性管理職比率はそろそろ国内単体で10%に届くくらいに成長してきています。
浜田:日本IBMでは、男性の経営層が女性のNEXTリーダー層に対するスポンサーになっているそうですね。
福地:はい。このスポンサー制度は、女性の上位職登用の壁を取り除くために始めました。壁というのは大きく2つあり、まず1つ目は男性のアンコンシャスバイアスです。チャレンジングな仕事を女性に任せる際、「お子さんがいるのに大変だろうな」などという余計なお世話を焼いてしまうこと。2つ目の壁は、女性側のレディネス(心身の準備)です。「私にはまだ早いのでは」と考えてしまうことが昇進の妨げになっています。
これらの壁を取り除くには、リーダー候補の女性に対し、早い段階でスポンサーをつけ、背中を押す機会をつくることが大切だと考えました。場合によっては、就くべきポジションを考え、そのポジションで走り出すところまでサポート。そうして、自分自身で「できる」と信じて実際に何かを成し遂げた女性は、管理職になったときに素晴らしい力を発揮してくれるのです。
壁を乗り越えられるかどうかは、事前準備と背中を押してくれる存在にかかっています。男性の場合は、それを当たり前にやってもらえていたのです。女性にもそのきっかけを与えることが、トップや管理職のミッションだと思っています。
浜田:やはり、女性のマインドセットを変えるだけではなかなか解決できず、仕組みや構造として背中を押す存在が必要だということですね。
福地:はい。スポンサー制度以外にも、女性の管理職候補50名に集まってもらう「W50(ダブル50)」という育成プログラムも行っています。プログラムを通じて、参加者同士が部門を超えて不安な気持ちや自身の課題を共有でき、結果として「自分にも務まるかもしれない」「できるかもしれない」とレディネスを高めていけるのです。実際、そのコミュニティの半数以上が部下を持つ管理職に就きました。