この時期は、社員の気持ちが少し前向きになり、M&Aを組織や個人の成長に活かしていこうと考える人が増えている時期です。ただ、買った側・買われた側の2社が協働することで得られると想定したメリットが、すぐに得られるとは限りません。その実現に向けて動き出せば、発生する課題も多々あります。そうした課題に対して、組織的な支援が必要となるのはいうまでもありません。社員が変化に向けたプロセスを前向きに進んでいけるように、経営層やマネジャーは、発生する課題の一つひとつに向き合っていくことが重要です。
また、M&Aを実施したからこそ実現できた成果を、しっかりと情報発信していく必要もあります。M&Aという不確実性が高い手法では、どんな社員も、「本当に想定していた成果を実現できるのか」という不安感を持っているものです。そうした不安感を弱め、期待感を強めていくためにも、M&Aから生まれた成果については、積極的にアナウンスしていくことです。ポジティブな情報は、思った以上に、ネガティブな情報の陰に隠れ、伝わらないことが多いものです。
ブリッジズによれば、環境の大きな変化に伴う「トランジション期」には、多かれ少なかれ、この3つの段階を経ます。各社員が、3つの段階のどの時期にあるのかを注意深く観察し、そのときどきで適切な支援を行えるように準備しておく必要があります。
情報共有の「時差」が心理的対立を生む
実際に「トランジション・マネジメント」を進める際には、情報が共有される「時差」にも注意が必要です。M&Aは守秘性が高い施策のため、全社に情報が伝わっていく際には「時差」が生じるからです。図表2で示すように、マネジメント層から始まり、プロジェクトを主導するリーダーや、ミドルマネジメントを経て、やがて現場マネジャーや社員に伝わっていきます(*2)。
このように、多くのM&Aには「時差」があります。この「時差」のことを忘れてしまうと、M&Aに関わる人々の心理的障壁を乗り越えることができません。
一般的に、マネジメント層のほうが「自社の合併」や「統合後の再編方針」など、「大きな変化」に関する情報を入手するタイミングは早いものです。そのため、M&Aの情報がオープンになった後に、遅れて情報を知らされた現場との間には、情報の理解や心理的な納得度に時差ができてしまうことがしばしば起こります。
中原淳 (なかはら じゅん)
立教大学経営学部教授。立教大学大学院経営学研究科リーダーシップ開発コース主査、立教大学経営学部リーダーシップ研究所副所長などを兼任。博士(人間科学)。1998年東京大学教育学部卒業。大阪大学大学院人間科学研究科で学び、米マサチューセッツ工科大学客員研究員、東京大学准教授などを経て現職。「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発・組織開発・リーダーシップ開発について研究している。著書に『M&A後の組織・職場づくり入門』『組織開発の探究』(共著、HRアワード2019書籍部門・最優秀賞受賞)『研修開発入門』(以上、ダイヤモンド社)、『職場学習論』『経営学習論』(以上、東京大学出版会)ほか多数。
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