万物に質量を与えたとされる「ヒッグス粒子」。その存在は半世紀近く前から予言されていながらこれまで未発見でした。ところが2012年7月、「ヒッグス粒子と見られる新粒子ついに発見!」とのニュースが世界中を駆け巡りました。日本でも新聞の一面で大きく報じられたことをご記憶の方も多いでしょう。
近年における最大の科学的発見とされるこの偉業の裏には、実に多くのドラマが秘められています。
『ヒッグス粒子を追え』は、そうしたドラマを余すところなく描いたサイエンス・ノンフィクション。刊行にあたり、監訳者である東京工業大学准教授・陣内修氏に、その読みどころやヒッグス粒子発見の意義などを2回に分けて解説してもらいます。
宇宙の真理を追究する壮大なドラマ
まず、初めにごく簡単に『ヒッグス粒子を追え』の内容をご紹介しておきましょう。
自然科学、とりわけ物理学の分野では物質の根源を探求することが常に大きなテーマとしてありました。そして分子・原子から原子核・素粒子へと、より基本となる構成物を探し求めてきました。
しかし、粒子間に働く力などを追究していくうちに、粒子が質量を持つのは特別なことであり、自然法則がなぜ粒子に質量をもたせようとしたのか、そして物質とはどのように生まれてきたのか、というテーマがクローズアップされてきたのです。
それは突き詰めていくと宇宙の始まりから生命の誕生までを解明することにもつながる壮大な課題です。物はなぜ物として存在できるのか、その問題の鍵を握るのがヒッグス粒子なのです。
本書は、物理学界に突如現れた若き天才ヘーラルト・トホーフトが、ヒッグス粒子発見につながる道を切り拓いたところから幕を開けます。そして、エンリコ・フェルミ、リチャード・ファインマン、アブドゥス・サラム、スティーブン・ワインバーグ、ジュリアン・シュウィンガー、朝永振一郎、ティニ・フェルトマンなどなど、20人を超える歴代ノーベル物理学賞学者がこぞってこのテーマを追いかけていく様子をドラマチックに描き出します。
そんな天才物理学者たちの前に「無限大のパズル」と称される難攻不落の難問が立ちふさがります。はたしてこの謎を解き明かしたのは誰なのか、質量を与えるヒッグス粒子の存在を解明するため科学者たちはどのような困難を乗り越えてきたのか、同時に彼らがノーベル賞レースを巡っていかなる駆け引きを行ったか、そうした興味深い人間ドラマも本書の見所です。さらに、この粒子に「ヒッグス」の名が冠された理由についても、非常に興味深い秘密があったことが明かされていきます。
天才たちの努力の積み重ねにより、量子場の理論という強力な武器を手にした人類は、万物の創生から宇宙の進化までを徐々に解明してきました。その歴史と研究成果を懇切丁寧に紹介しているのが本書なのです。