人類の未来に大きな影響を及ぼす発見


 さて、ヒッグス粒子の発見は物理学にとってはここ数十年における、最も劇的な成果といえるでしょう。その意義は、物理学のみならず科学界全体を揺るがすほどに大きいものです。発見によって宇宙の設計図のようなものが大きく更新されたわけですから、科学は新しく次のステップへ踏み出せるようになります。

 それとともにこの発見にはもう一つ非常に大きな意味があると私は考えています。

 今回のヒッグス粒子の探索は、科学分野の一大モデルケースなのです。科学の世界ではある新しい理論が登場したとき、それを必ず実験で確認します。また逆に、ある実験結果をもとにしてさらに新しい理論が打ち出されることもあります。

 科学という学問は常にこのような形で理論と実験が二人三脚のような形で進められ、進化してきています。モデルを作ってその予言が正しいかどうかを確認するという演繹的な手法は基礎科学の原点ですが、今回の新粒子の発見はその究極の形ではないかと考えます。

 見つかったヒッグス粒子らしき新粒子は、理論的に予想された姿に似た形で発見されました。天才科学者たちが頭で描いていた発想が現実に自然界で起こっているかもしれない──科学者自身も確信が持てなかったことが真実だとわかったことは大きな衝撃でした。

 ヒッグス粒子(場)の存在を想像し、理論的に標準模型を構築したという事実も凄いことですし、驚くほど巨大な実験装置を作り上げ、非常に高いエネルギーで粒子をコントロールし、その衝突によって得た膨大なデータを正確に解析する、といった技術力を人類が獲得したことも感嘆に値します。

 つまりヒッグス粒子をめぐる研究成果は、人間の頭脳とその技術の結晶であり、いってみれば科学の、そして人類の勝利の象徴といえるのではないでしょうか。この事実は、他の分野の科学者に大きな勇気と希望を与えることになるはずです。つまりヒッグス粒子の発見は、人類の未来にさまざまな波及効果をもたらすものなのです。

 次回は、『ヒッグス粒子を追え』のハイライトとも言える、天才学者たちの織りなす人間ドラマを中心に解説したいと思います。

(第2回はこちら


<新刊書籍のご案内>

ヒッグス粒子を追え 宇宙誕生の謎に挑んだ天才物理学者たちの物語

フランク・クローズ 著/陣内 修 監訳/
田中 敦・棚橋 志行・田村 栄治/訳

世紀の大発見と話題になったヒッグス粒子。本書では素粒子論の始まりからヒッグス粒子発見までの歴史と研究成果を丁寧に解説しつつ、アインシュタインら科学界のスター達がこのテーマをめぐっていかに共闘し対立したかをドラマチックに描く。知的好奇心をくすぐる決定版サイエンス・ノンフィクション!


ご購入はこちらから!
[Amazon.co.jp] [紀伊國屋書店BookWeb] [楽天ブックス]