前述のとおり、従来のPMIに対する取り組みでは、現場で関わる人々の「心理的な納得感の醸成」という観点が希薄だったように思います。経営戦略としては合理的なM&Aであっても、ある日突然巻き込まれ、当事者として向き合うことを余儀なくされた現場のメンバーからすると、そんなに簡単には気持ちを切り替えられるものでもありません。これまでの会社や職場、扱っていた製品やサービス、オフィスの雰囲気、自身の業務等々、愛着を持っていたものが急に失われてしまう不安や恐れが浮かんでくるのも当然です。こうした人と組織が抱える不安や恐れを、みんなが感じていたにもかかわらず、そこへの配慮がなされていない状況が、「もったいないM&A」へとつながる大きな要因であったように思います。
レヴィンは計画的な変化のプロセスとして、「解凍―変化―再凍結」という「組織づくりの3段階モデル」を提唱しました。これは、組織づくりを進める際に必要なステップをシンプルに表現しています。
図表1に見るとおり、「解凍」とは変革に向けての準備段階を指します。組織のメンバーが現在の組織の状態(課題)に気づいて、組織を変えたい、変える必要性があるという認識が高まってきます。「変化」とは、ゴール設定の段階です。組織が求める望ましい状態やゴールを設定し、それらの達成のために求められる行動を共有します。「再凍結」とは、定着・習慣化の段階です。「変化」の段階で検討した、組織として望ましい行動の定着と習慣化を目指します。
レヴィンの「組織づくりの3段階モデル」を端的にいえば、「組織やメンバーの現状を把握した上で、あるべき姿や目指すべき方向性を明確にし、メンバー間で共有して、日々の行動に落とし込み、ルーティンとして定着させること」を指します。
組織の変化への起点となるのは、組織やメンバーの状態を把握し、課題としっかりと向き合うことです。その上で、組織として目指す理想の姿は何なのか、その実現のためにどんな取り組みが必要なのかを、検討していきます。その結果、組織の現状と理想像との差が見える化され、取り組むべきアクションが明らかになっていきます。ただし、理想の実現に求められる新しい行動様式が一過性のものだと、大きな変化は生まれません。ルーティンとして定着して、初めて目指すゴールに近づいていきます。
そのためにも、経営層などの一部の限られたメンバーだけではなく、社員を巻き込みながら検討を進め、全社的な変化の動きを生み出していく必要があります。単にトップダウンで指示をされても、社員は腹落ちしにくいものです。少なくとも、求められる行動の背景にある理由や意図を丁寧に共有する必要があります。何をやるのかより、なぜやるのかを伝えることのほうが、重要なのです(*2)。
齊藤光弘 (さいとう みつひろ)
合同会社あまね舎/OWL:Organization Whole-beings Laboratory代表。組織開発カタリスト。企業における組織づくりや人材育成の領域で、現場支援と研究を融合させ、メンバーが持つ想いと強みを引き出すためのサポートに取り組む。組織開発や人材開発、コーチングといった手法を有機的に組み合わせながら、組織全体の変容と個の変容を結び付け、支援の実効性を高めている。M&Aのプロセスをサポートするコンサルティングファームのコンサルタント、事業承継ファンドのマネージャーを経て、東京大学大学院にて中原淳氏に師事し、組織開発・人材開発の理論と現場への応用手法を学ぶ。2020年3月まで國學院大學経済学部特任助教を務めるなど、大学でのリーダーシップ教育、アクティブラーニング型教育の企画・実施にも関わる。著書に『M&A後の組織・職場づくり入門』(ダイヤモンド社)、『人材開発研究大全』(東京大学出版会)がある。