日本企業のM&Aが急増しており、2021年は過去最多の4280件を記録した(レコフデータ調べ)。しかし、M&Aの成功率は思いのほか低く、その原因の多くは、M&A後の統合プロセスにおける「人と組織」の問題にあると言われている。この連載では、人材開発・組織開発の専門家が著した最新刊『M&A後の組織・職場づくり入門』(齊藤光弘・中原淳 編著、東南裕美・柴井伶太・佐藤聖 著、ダイヤモンド社刊)の中から、人と組織を統合する際の課題やアクションについて紹介していく。今回のテーマは、M&A後の統合プロセスに「組織づくり」の視点をいかに取り入れるか。(ダイヤモンド社 人材開発編集部)
連載第2回の「M&Aはなぜ社員に葛藤をもたらすのか?」でも指摘したとおり、M&A後の統合(PMI:Post Merger Integration)プロセスとは、社会的役割が移行する際の移り変わりの時期=トランジション期にあたります。人は「変わる」ことが苦手です。「宙ぶらりん」で「不安定」なトランジション期には、変化に対する抵抗感から、不安や葛藤といったネガティブな感情が起きやすくなります。どのようなPMIであれ、ほぼ例外なく「人と組織の問題」が起きてしまうものです。PMIという組織の大移行期を乗り越え、新たな組織としてさらに発展させていくためには、どうすればいいのでしょうか。
組織に対する計画的な働きかけ
ここで参考にしたいのが、組織としての成果を高めるために、組織の制度や文化・風土、仕事のプロセス、メンバー間のコミュニケーションなどを意図的に変えていく「組織づくり」(*1)のアプローチです。
「組織づくり」のアプローチについては、1940年代以降、社会を構成するメンバーの多様性が高かった米国を中心に研究が深められてきました。なかでも、「組織づくり」の基盤となる考え方として広く知られているのが、社会心理学者クルト・レヴィンによって提唱された「組織に対する計画的な働きかけ(Planned Change)」という考え方です。
レヴィンは組織を「静的。固定化されたもの」ではなく、「動的。変化するもの」と考えました。組織というものは多様な考え方、価値観を持った人が集まって構成されています。組織は常に変化を続けながら、様々な価値観や考え方、経験を持った人々が協働し、成果を上げていくダイナミックな存在なのです。そんな問題意識で、レヴィンは「組織づくり」に向き合いました。
そして、この、組織を変えるときには、どうしてもそこに混乱や葛藤が生まれます。そうした混乱や葛藤をそのまま放置していては、組織のパフォーマンスが落ちていくこともありえます。よってレヴィンは、組織変革を「計画的」に行うことを狙いました。組織変革を「場当たり的」に行うのではなく、組織の状態を見える化し、課題を特定した上で、必要な施策に計画的・意図的に取り組むことをPlanned Change(計画的変化)といいます。「Change(変化)」自体は、そもそも「計画的とはかけ離れた概念」であり、「混沌」であり「葛藤」そのものです。そこに「計画的」という言葉を付け加えることによって、レヴィンは、「組織を変えること」を意図的に、かつスムーズに行う意志を示しました。
M&Aに関しても、同様のことがいえます。それぞれの組織で大切にされている価値観や考え方、積み上げてきた経験も異なれば、M&Aに対しても、前向きな人、後ろ向きな人、これまでどおりの働き方を望む人、新しい組織で可能性を試したいと考える人など様々な考えの人がいますし、その考えも日々変わっていきます。組織のなかには、方向性が異なる、移ろいやすい、多様な人々が日々うごめいているわけです。そんなメンバーが、M&Aを通じて実現したいゴールやビジョンを達成していくためには、場当たり的ではない、計画的、かつ意図的な働きかけが必要になってきます。
ちなみに、組織開発とは「計画的な変革に際し、行動科学の知識を用いて、組織のなかで起こるメンバーのやりとりを対象にし、組織が適応し、革新する力を高めること」(Wroley & Feyerherm 〈2003〉 を参考に記載。中原淳・中村和彦著〈2018〉『組織開発の探究:理論に学び、実践に活かす』ダイヤモンド社などを参照)です。一方、組織変革とは安藤史江他(2017)『組織変革のレバレッジ:困難が跳躍に変わるメカニズム』(白桃書房)によると「組織の既存資源や要素を最大限生かしつつ、その結合の仕方を変えることによって新たな価値を生み出すべく(中略)不連続な変化を遂げること。その上で、変化を定着させること」です。