「命に寄り添う生き方をしたい」という人生の指針

 今回の主人公は、2年前に神戸大学を卒業した宇都笑莉さんである。宇都さんは、神戸大学在学中の経験や学びから、命に寄り添う生き方をしたいという人生の指針を獲得した。

 在学中、卒業後の進路を考えるようになった宇都さんが「これだ!」と思ったのは、遺伝カウンセラーという専門職だった。京都大学大学院で遺伝カウンセリングを専門に学べるという情報を得て、進学を決意した。

 遺伝カウンセリングというのは、遺伝に伴う病気や障がいによって困難を抱える人たちが、十分な知識に基づいて判断・行動できるようにサポートする対人援助である。認定遺伝カウンセラーの資格を持った専門家は、出生前診断で陽性判定を受けた妊産婦や遺伝病で悩む患者を支えるために病院などに配置される。

 宇都さんは、2年間、遺伝についての基礎的な知識や、遺伝性の病気についての知識をみっちり学び、遺伝の悩みを持つ患者と関わる実習にも参加した。宇都さんにとって充実した大学院での学びだった。座学で学んでいる間は、修了後は病院などの組織に属して活躍する自分を漠然と想像していた。しかし、実習で現場に立ってみたとき、将来のビジョンが大きく変わった。組織に所属することでは、自分のやりたいことを実現できないと感じるようになったのである。

「組織の中で働くということは、その組織に期待された行動に制約されるということだということを、肌で感じたんです。それはそもそも私がやりたかったこととは違うと思いました」(宇都さん)

 この春、学友たちが華々しく就職を決めていくなか、宇都さんはフリーランスとしての第一歩を踏み出した。遺伝カウンセラーには教育者の役割も求められている。宇都さんはそれこそが自分の担うべき役割だと考えている。学校などで教員や保護者、子どもに働きかけるプログラムを開発して実施するというイメージである。もちろん、順調に事業展開ができるとは思っていない。食べていくための仕事は別に持ち、ライフワークとして長い目で事業を育てていく覚悟でいる。

 こうした取り組みのきっかけを提供してくれたのは、神戸大学での学生時代に出会った障がいのある子どもや青年、その家族である。宇都さんは、ある障がい児の母親に大学院での学びから得た確信を言葉にして伝えたところ、小さな講演会をセッティングしてくれた。そして、その講演会に集まった人たちは、宇都さんの話に深く共感した。