脳をリセットする恒例の修行

1年の始めは、ニューヨーク州郊外のHudson River Valleyで過ごした Photo by Yoshikazu Kato

 新年、明けましておめでとうございます。2013年が読者の皆さんにとって健康で、充実した時間になることを祈っております。本年も引き続きご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。

 私は年末年始を米ニューヨーク州Hudson River Valleyという地域で送っている。ボストンからバスを乗り継ぎ、5時間ほどで到着。ニューヨークシティーまでも2時間半ほどの距離である。

 悠久に流れるハドソン河の畔は、歴史を感じさせる。人々は決して急がず、時間がゆったりと流れている。自分たちの生活のリズムを崩さない。この地域に移民してきた、ある高齢の女性が私に言った。

「米国に来て、他人の自由を奪うことほど失礼なことはないと知った」

 アメリカ合衆国の真髄を垣間見た気がした。

 この地に来たのは、恒例の修行のためだ。年末年始は、私にとって1年の間で最も静かに過ごす時間である。基本的に人には会わず、話もしない。ただひたすら座禅を組み、脳を無にする。有になり、無の境地へたどり着けなくなると、坂道ダッシュをするか読書に励み、疲れてきたらまた座禅に戻る。こうして1年を振り返り、これからの1年に挑んでいくための気力と体力を養う。

 1月2日の夕方、ハドソン河に沿った公道を走っていると、右側の10メートル程離れたプライベートハウスの番犬二匹と目が合った。グレーとブルーが混ざったような毛色で、体長が1メートル以上ある大柄な犬だった。二匹は全く動かず、こちらを凝視しているから、最初は銅像かと思ったほどだった。

 5秒ほど見つめて、視線を前方に移した直後、二匹は私のほうへ向かって走り始めた。私は持てる力を振り絞って全力疾走で逃げたが、あっという間に追いつかれ、二匹に体当たりされてしまった。ペースを緩め、二匹を宥めようとするが、二匹は吠えたり、体当たりしたりするのを止めず、表情が険しくなっていった。

「噛み殺される」と本気で悟った次の瞬間、前方から突如白い乗用車がやってきて、中年の男性が下りてきた。すぐに二匹は恐縮し、ゆっくりと私から離れ、引き返していった。男はどうやらあのハウスの主であるらしい。

 命拾いした。辺り一面の雪景色で、気温はマイナス10度くらい。全身は冷や汗でびしょびしょだった。

 心拍数を整えながら、汗を払いながら、約7キロの山道を走った。恐怖から体は震え、ペースも上がらない。しかし、徐々に正気を取り戻すと、気分が晴れ、不安や恐怖も吹っ飛んだ。渡米以来、ハーバード大学と自宅との行き来や海外出張だけで、研究・執筆に没頭している私にとって、こうした犬に追いかけられ、牙を剥かれ、冷や汗をかくことでさえ新鮮で、四六時中脳内を支配している研究のことを忘れさせてくれた。二匹の番犬は、私の脳をリセットしてくれた。