長引くコロナ禍で、多くの企業で「上下間コミュニケーション」が危機に瀕している。それでなくても上司と部下との意思疎通がスムーズにいかない組織は多かったはず。ここをうまく乗り切らなければ、アフターコロナの反転攻勢に即応できない恐れもある。では、どうすればいいのか。1on1によって組織活性化に成果をあげている企業の事例を通して、『部下が自ら成長し、チームが回り出す1on1戦術』の著者である人材・組織開発コンサルタントの由井俊哉氏がベストプラクティスを説く。(構成/間杉俊彦)
「部下との対話」に悩むマネジャーは、研修で何をつかんだのか?
パナソニック ソリューションテクノロジーは、パナソニックの100%子会社で、SI(システムインテグレーション)、クラウド事業を手がけています。同社では2017年から、組織の目標達成と個人の成長に向けて「部下が主体的に考え、上司に伝える」「上司は、主体的に考える部下を支援する」という状態を目指し、上司と部下が定期的に1on1ミーティングを重ねています。
香田敏行社長も自ら率先垂範で1on1に取り組むなど、その取り組みは積極的で、より風通しのよい社風の確立を目指しています。その様子は2020年11月刊行の『1on1ミーティング』(本間浩輔、吉澤幸太著/ダイヤモンド社)でも紹介されました。
それから2年たち、思いがけず長期化したコロナ禍にあって、同社の1on1はどのように進化しているのでしょうか。
2021年、同社ではマネジャーを対象に1on1の研修を実施しました。その背景について、人事部の大場智子さんは、こう説明します。
「1on1は制度として浸透してきましたが、“部下とどんな話をすればいいのか”悩んでいたマネジャーも少なくなかったと思います。部下のプライベートなことを聞き出さないといけないと思っていたり、あるいは業務の進捗を踏まえて一方的にしゃべったり。そんな姿を見て、本来の趣旨からずれている人もいるな、と感じていました」
1on1は、基本的には上司が部下の話を聞く場です。きちんと説明したとしても、すぐにそういう姿勢になるとはかぎりません。もちろん、目線を合わせる、といったことが自然にできるマネジャーもいます。ですが一方で、指示命令という従来型のマネジメント・スタイルが染みついている上司の場合、それまでとはかなり違う接し方で部下に向き合う必要があります。パナソニック ソリューションテクノロジーがマネジャーを対象に1on1研修を行ったのは、このギャップを埋めるためでした。
このマネジャー研修は、1on1の実践を強化するために私が全3回の研修として企画し、講師を務めました。
1回目は、部下との信頼関係を築き、1on1では何でも話せるという環境をつくるためのスタンスとスキルを習得してもらいます。その後、習得したスタンスとスキルを活用して1on1を実践し、2回目はそこでの成功体験や失敗体験をマネジャー間で共有します。この共有の場は、人事部の大場さん中心に進めてもらいました。
3回目は、部下のモチベーションを高め、主体性を引き出すためのスタンスとスキルの習得です。1on1における対話のスキルは、頭で理解するだけでは実践につながりにくいため、研修では実際に1on1の対話を体験し、効果を実感してもらうことに注力しています。
実際に研修を行った結果、部下の立場を体験することによる発見や、相手が話しやすい雰囲気づくり、話し方についての気づきもあったようです。研修を受講したマネジャーが回答したアンケートから、いくつかご紹介します。
・相手に認められるということで得られる安心感、信頼感を体験できた。また、チャレンジさせないといけないという思いから、ティーチング中心の1on1であったと気づいた。
・現在の自分自身のメンバーへの接し方、指導の仕方を振り返るとティーチングがメインになっていることに気づきました。相手への尊重の気持ちを大前提として、傾聴、共感して考え、気づかせる状況に導くことにより、メンバーの自発的な動機づけを図りメンバーそして組織のさらなる活性化へつなげられるのだと学びました。
成果が出た理由を、大場さんはこのように説明してくれました。
「対話のしかたについて、体系的に学ぶのはみんな初めてでした。自分が部下の立場になった研修もよかったと思います。ほかの人がどのように対話を進めるのかを見ることができた、というのも貴重な経験でした。研修によって、多くが意識して部下と対話するようになったと思います。1on1の実施率は社内ポータルで公開していますが、前にも増して実施率を意識するようになった人も増えています。制度として定着はしていたものの、やはり個人差はあります。あらためて“やらねばならない”という姿勢に変わった方も、かなりいますね」(大場さん)