「90分1回きり」のピアノレッスンで身につく、ビジネスにも通じる「意外な能力」とは?

「90分でいきなりピアノが弾けるようになる」という、異色のピアノ本が話題を集めています。その読者からは、「ピアノが弾けるようになった!」だけでなく、「音楽の聴き方が変わった」という感想も多数寄せられています。コロナ禍が続くいま、「新たな趣味として、ピアノを始めた人」というは急増中。テレビから流れてくる音楽を聴くだけで、ピアノで演奏を再現するのに憧れる方は多いはず。どうすれば、それができるようになるのでしょうか。そもそも、ピアノを弾くことで音楽の聴き方が変わったとはどういうことなのでしょうか?
さらに、「90分で弾けるようになる」コツには、他の勉強やビジネスにも通じる秘訣が隠されていました。今回は『楽譜がよめなくても90分でいきなりピアノが弾ける本』の著者であり、自身もピアノレッスンを実施している作曲家、ボカロPのmonaca:factoryさんに詳しく話を聞いてみました。(取材・構成/イイダテツヤ)

「ピアノ」を弾くと、聴こえるようになる音がある?

――この本の読者感想のなかに「音楽の聴き方が変わった」というものがありました。非常におもしろい感想だと思うのですが、どんなふうに感じますか。

monaca:factory(以下、monaca):たしかにそういう点はあると思います。

 たとえば、テレビで『ミュージックステーション』を観ているとします。そのとき、普通はボーカルの声しか聴いてないんです。もしかしたら、ドラムは聴こえているかもしれませんが、ベーシストが何を弾いているのかは、ほとんど聴こえません。ギターも、ソロの部分は聴こえたとしても、ボーカルが歌っている間の演奏が耳に入ってくることはあまりありません。

 よく「耳が育つ」という表現があります。この本を読んでピアノを弾くようになると、このようなこれまで聴こえてこなかった音が聴けるようになると思います。

――どうして耳が育つんでしょうか。

monaca:「耳が育つ」って言うときの「耳」とは、小さい音が聴けるようになるということを言っているわけではないんです。厳密に言うと「聴力」が育っているわけではなく、それを認識する脳の方が育っているんです。

 たとえば、ベースの演奏を聴こうとしても「何をやっているのか」の知識や理解がなければ、それを脳が認識することができないんです。耳の問題ではなく、脳のデータベースの問題です。この本では、よくある音楽のパターン、いわゆる「コード進行」を解説しています。それを理解してくると、テレビから流れてくる音楽を聴いたときに「あのパターンに似ているな」と脳がデータベースに照合して理解できるようになるんです。

「耳が育ってくる」とはそういうことです。もちろん、誰もがいきなりできるわけではなく、ある程度の経験は必要かもしれません。なので、この本を読んでピアノを弾くようになって、音楽の聴き方、聴こえ方が変わってくるのは当然あり得ると思います。

――私は音楽に関してはまったくの素人でよくわからないのですが、monacaさんたちのような人たちは、普通に音楽を聴いてコード進行がわかるものなんですか。

monaca:慣れてくればわかるようになります。聴き取る能力には「絶対音感」と「相対音感」の二段階があります。ピンポイントで音の高さを当てられるのが絶対音感、音と音のつながりを理解するのが相対音感です。そのうち、ここで身につくのは相対音感の方です。

 ドレミファソラシドには、それぞれ「12343567」とコード(番号)が振られています。曲を聴きながら「今のは456だな」とか「15145だな」など、コード進行はわかります。

 でも、音楽にはキー(編集注:「ドレミファソラシド」のような音の並び)が12種類あります。だから、同じ「456」というコード進行にも、実際に鳴っている音は12通りあるわけです。それをズバリ認識するには絶対音感が必要です。ただ、12通りある「同じコード進行」が認識できれば、キーを理解できなくても、どのパターンかを認識するには十分です。

――そんなふうに「曲を聴いて、コード進行がわかる」っていうのはけっこうレベルの高い話ですか。

monaca:いや、作曲歴で言うと2年くらいやっている人なら、なんとなく培われてくると思います。

 作曲していると、その最中に自分の曲を何度も聴くじゃないですか。すると、ふと流行りのJ-POPを聴いてるときに、自分が使っているのと同じコード進行が出てきて「一緒だ」と感じる瞬間があるんです。そういうときにわかってくるんです。

 その感覚ができてくると、いわゆるボカロ曲とか、流行っているJ-POPを聴いていても「だいたいこのコード進行だよね」って感じるようになってきます。

――私もこの本を読んで、本当に少しだけピアノを弾いてみました。左手で演奏するようになると「ベース音を気にするようなる」という部分はちょっとわかる気がします。

monaca:まさに、そういう感じですよ。

 あと、大人になってから音楽を始めようとすると「理論を勉強しなきゃ」と考えがちですよね。

 でも、それよりもまず「聴いてみる」と「弾いてみる」をくりかえすのが大切です。その方が音感や音楽センスは育つからです。基本は音を聴いて覚えていくことなんです。たくさん聴いて、たくさん弾くほどに、上達は早くなります。自然に聴いて、弾いて、楽しむ。こうすれば、音楽が身についていくはずです。

 だからこそ、この本には音源と動画をつけて「聴く」と「弾く」両方ができるようにしたんです。

――ピアノの本を読んで音楽の聴き方が変わるなんて、そんな副産物があるのもおもしろいですね。