「規則を守るか、人命を守るか」
現場にのしかかる重圧

 医療現場のスタッフも同じ境遇にある。来る日も来る日もPCR検査の実施で、朝から夜中まで防護服のまま立ちっぱなし。トイレに行く暇はなく、ろくな食事もできない。体がきついことは当然であるが、それ以上に命を救うか規則を守るかの判断を度々委ねられ、平静な精神状態が保てなくなっているという。

 ロックダウン下のある出来事が、SNS上で話題を集めている。

 3月30日、ある高齢者の男性にぜんそくの発作が出て、その家族が救急車を呼んだという。十数分後、男性が住むマンションの前に一台の救急車が到着。ところが、この救急車は別の住人が呼んだものだった。別の住人の病状がそれほど緊急ではなかったため、救急車をぜんそくの男性に譲ると申し出た。

 ところが、救急車にいた当直の医師はそれに応じなかったという。男性の家族が「なんとか助けてください!」と再三懇願しても受け入れず、結局、救急車は当初呼んだ住人を乗せて走り去った。その後、高齢男性の家族が呼んだ救急車が来たが、もう手遅れで男性は息を引き取った。マンションの住民たちがこの件の一部終始を動画で撮影しており、それがSNSで拡散されて大きな波紋を呼んだのだ。

 多くの人は搬送を断った医師を「冷酷だ、人間じゃない!」と非難した。そして、行政もこの医師の行為を「妥当ではない」と結論付け、医師には停職処分が下ったという。

 一方、SNSでは「救急車の派遣と運営には厳しい規定がある。一個人の医師の判断では決して変えられないだろう。医師を処分し、責めるのは間違いだ」「もし医師が男性を救急車に乗せることによって、もともと救急車を呼んでいた住人の身に何か起こったら、誰が責任を取るのか?」といった声も少なくなかった。

「規則を守るか、柔軟に判断し人命を救助するか」――。非常に難しい課題だ。このケースが日本で起こった場合、どうなるだろうか。筆者はこの一連の騒動を聞いて人ごとではないと感じた。

 このような現場では、重圧に耐えられず自ら命を絶った人もいた。上海市虹口区の衛生当局の幹部(55歳)はがんを患った妻を残し、オフィスで自殺したという。現場のスタッフが過労で倒れるケースは少なくない。現場で対応に当たっていた妊娠中の女性スタッフが流産してしまったケースもあったそうだ。

 中央政府は厳格なコロナ政策の実施で、地方政府に重荷を負わせている。失敗したら処罰されたり、更迭されたりするため、地方政府の対応は厳しいものとなる。上から下へ下ろされる重荷は、全て市民の生活に一番密着している現場の職員にのしかかる。

 ロックダウン状態が長引く中、深刻な食料不足が市民を苦しめている。また、コロナ感染ではなく別の理由で人が亡くなる二次災害も多発している。上海の市民からは、SNSなどで「もう限界だ」という声が上がっている。市民だけではない。上海市を支える医療、行政といった現場の人々の忍耐はいつまで保てるのか。かたずをのんで見守るしかない。