「LINE教えて」の攻防戦にはたして男は勝てるのか

「あっ、どうもー。何してるんですか?」

男たちは、チャラチャラした口調で話しかける。

「え~?」
「いや、ほら。何してんのかなって」
「別に何も……」

イヤホンをつけているのに、やかましい声が左側からどんどんやってくる。しゃべりはとどまるところを知らない。もう、なんだ。なんなんだ。いい加減にしてくれ。私はナンパ男のチャラチャラした会話を聞くためにここに入ったわけじゃないぞ。ポテトを食べながら明日のタスクを整理するために来たんだ。家に帰ると集中できないから終電までここでやっていこうと思ったんだ。Macbookを開いてあからさまに「作業してます」アピールしてるのに、ちょっとは空気を読んでくれ、おーい!

でも男は止まらない。彼氏はいるの、今日はどうしてきたの、ねえ、何食べてるの、今度のみいきましょうよ。

あー、もう、しつこい!! 察してくれ。頼むから察してくれ。っていうかこういうお店でナンパってどんだけ勇気あるんや!!

それにしても、とちらりと二人を見比べる。黒Tシャツのホスト風と、広告代理店風のツーブロック。どういうつながりなんだろう。アンバランスだ。よくよく見ればべらべらしゃべっているのは黒Tシャツの方ばかりで、広告代理店の方は黙って話を聞いているだけだ。あー、なるほどな、と思う。広告代理店をもう一度見る。ピンクのTシャツに、ハーフパンツ、それほど気合いを入れている感じでもないが、おしゃれをしていないというわけでもない。こちらは自分に自信があるのかもしれないな、と私は思った。だいたいピンクのTシャツを着る男に自信がない男がいるわけがないのだ。黒Tシャツの方はもしかしたら、広告代理店の方に少し引け目を感じているのかもしれない。だから、若い女にその場で声をかけても俺はゲットできるぞというところをアピールしたいのかもしれない。たしかにその気持ちもわかる、と思った。広告代理店の余裕は、何か人を焦らせるようなところがある。俺は別にどっちでもいいけどな、という感じ。俺のところには女なんて向こうからやってくるからさ、とでも言いたげな態度である。顔も大谷翔平くんから真面目さと誠実さを抜き取ったような感じで、絶妙なバランスのイケメンだ。

あー、なんだかそう考えると、黒Tシャツの方がものすごく不憫になってきた。

「ね、じゃあさ、お願い。ここで会ったのも何かの縁だしさ。ライン教えて」

そうか、もう今の時代のナンパは「メアド教えて」ではなく「LINE教えて」なのか、と妙に冷静に観察してしまう。ナンパの現場に出くわしたのが久しぶりすぎて知らなかった。そうか、今の時代はラインなのか。なるほど。

「ええ~? LINE?」

ラインを教えるかどうか、しぶる声がまた店内にやたらと響く。どうしてだろう、なんだかこの店の全客の視線がこちらに集中しているような気がする。みんなきっと期待しているのだ。あの黒Tシャツ男は、あの女のラインをゲットすることができるのだろうかという目で見られている気がする。みんな期待している。こっちを見ている。みんな見ている。注目している。このテーブル席がまるで格闘技のリングの上みたいな気がしてきた。どっちだ? どっちが勝つんだ? がんばれ、男! いやいや、もっと粘れ、女!

やめてくれ。みんなこっちを見ないでくれ。私はただパソコンをパタパタ打っているにすぎないただの一書店員なんだ──。

「あ、じゃあ……LINEだけなら」

ゴーン! 終了!!

勝敗が決まったことを知らせるゴングがどこかで鳴ったような気がした。

ついに、黒Tシャツは勝利したのだ。

女が折れた!!
女が折れたぞ!!!
ワアアアアア!!
ヒューヒュー!!

そんな拍手喝采がきこえる。ああ、そうだ。女は負けた。断りきれなかった。すんでのところで負けた。男が勝ったのだ。

おめでとう、おめでとう、本当におめでとう。

店内に張り詰めていた緊張の糸が一気に解れていく。

これで黒Tシャツが広告代理店に抱いている劣等感が少し和らぐかと思うと、なんだか息子の成長を見たようでクッと胸が熱くなってしまった。