「空気」をやぶり
視点や思考を鍛える

 主張や論調の異なる情報を比較してみることだ。たとえば私は新聞は6紙読んでいる。朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、日本経済新聞、読売新聞、産経新聞。朝日新聞や毎日新聞、東京新聞は与党に批判的で、読売新聞と産経新聞は肯定的なので、政治に関する記事などを読み比べるとおもしろい。新聞を複数読むことで、物事を多面的に見る力が養われる。

――ちなみに、本や雑誌はどのくらい読んでいるのですか?

 書籍は月に2〜3冊を読み切るようにしている。雑誌はいろいろと読みますよ。定期的に読むものでは、週刊誌だと『週刊文春』『週刊現代』『週刊ポスト』『週刊朝日』『週刊新潮』『サンデー毎日』『週刊読者人』など。月刊誌だと『文藝春秋』『Voice』『潮』『日本』『創』『ザ・ファクタ』『選択』など。『ザ・ファクタ』や『選択』は、他の雑誌が書けないようなことを書いていておもしろい。よく調べていると思う。

――田原さんは米寿を迎えられましたが、字を読むのはつらくはならないのですか?

 全然つらくない。新聞や雑誌、本を読むのはやはりおもしろい。原稿も書いている。

――田原さんは、1日に何人と会っているのでしょうか? 休みの日はあるのですか?

 日にもよるけれど、だいたい1日3〜4組だろうか。完全に休みの日は、1月2日のみだ。例年、12月31日の夜から1月1日にかけて『朝まで生テレビ!』の特番があり、元日の夜から家族とホテルで過ごす。そして次の日は墓参りへ行く。それ以外はほぼ1年中、人と会うか仕事をしている。日曜日は割と落ち着いていて、自宅で原稿を書くか資料を読んでいることが多い。

――時間が足りなくなりませんか?

 私はお酒も飲まないし、ゴルフも麻雀もやらない。趣味といえる趣味がない。だからその時間をすべて仕事に充てている。毎日、仕事をしているからこそ、この年まで健康でいられているのだ。でもコロナ禍が始まった当初、多くの講演や取材がキャンセルになったので、2日で早くも不安になったね。

 コロナ禍ではリモートで人に会うことも増えたが、本当はやはり直接、会って話すほうが好きだ。『朝生』も一堂に会して論争するのがおもしろい。取材も討論も、お互いつばがかかるくらいの距離で行うのがいいのだ。本音をぶつけることができる。

――ほかにも、物事を多面的に見る力を養う方法はありますか?

「空気」を破ることだと思う。日本人は「空気」を読みすぎる。同調圧力というか、違和感があっても自ら抑え込んでしまう。しかしそうすると、一方向の情報に流されてしまう。情報というのはバランスが重要だ。それを打破するには、しっかりと自身の主張を述べる、反対意見を言う、疑問を持つ。私はジャーナリストの仕事は、「空気」を破ることだと思っている。しかしこれは何もジャーナリストに限ったことではないはずだ。

 今、「教養」ブームだが、教養とは、まさに物事を多面的に見る力。バランス良く情報を受け取り、自分なりに理解することで、初めて「情報」が「教養」となる。偏った情報というのは教養ではない。時には「空気」を破って、視点や思考を鍛えることも大切だ。

 あとは、古典に触れてみるのもよいだろう。今も残っている古典というのは、それだけ価値があるということ。最近ではマルクスの『資本論』に再び注目が集まっていて、『資本論』を新たに解釈した斎藤幸平さん(※東京大学大学院准教授)の著書も話題だ。今の時代に照らし合わせながら、古典を読んでみる。

 著名な哲学者の梅原猛(うめはら・たけし/1925〜2019)さんは、西洋哲学の研究を経て、お釈迦様の研究に没頭した。哲学というのは理性を追求するが、人間は理性だけでは生きていけないと、仏教を研究し始めたのだ。梅原さんは、人間を、哲学のみならず多面的な視点で考えた。

人は何歳になっても
学ぶことができる

 前に、駒沢大学の仏教学部に通っていたタレントの萩本欽一さんに、なぜ73歳で大学へ進学したかを聞いたことがあった。

 すると、こう答えた。60歳を超えるとどうしても人は物忘れがひどくなる。認知症になる人もいる。忘れるのは仕方ない。それなら新たな知見をまた入れればいい。そう思って受験したと。宗教は学ぶことがたくさんあると。こう言うんだね。でも大学に入って一番よかったことは、友人がたくさんできたことらしい。

 萩本さんは非常に勉強熱心で、在学中は毎日通い、常に教室の一番前の席に座っていたという。あの欽ちゃんが目の前で講義を聴いているとのことで、先生たちも気が引き締まる思いだったろう。

 人は何歳になっても学ぶことができるし、高齢になってからの勉強はむしろ楽しいものだ。情報を多面的に捉えるスキルを鍛えておけば、そこで得た知識は教養となり、その後の人生をより豊かなものにしてくれるだろう。