作中のキャラクターには、手塚治虫の思考や信念が当然反映されている。手塚治虫は最晩年、母校の生徒を前に「僕たちが死んだ後、何か別の世界があるんじゃないか。人間っていうものは長い生命のつながりの中で、ほんのわずかだけが人間で、その前と後にもっと長い、別の命の塊みたいなものがあるんじゃないかな」と話していた。また別の場所では、肩書について「私はね、肩書きっていうのが非常に嫌いなんです」とも語っている。作中の人物と重なる部分がありはしないか。やまない戦争や終息が見えないパンデミックのニュースが連日報じられ、ややもすると厭世的な考えが頭をもたげそうになる現代。偉大なマンガの名言の数々は、時代を超越する真実への手がかりを提供してくれるはずだ。(南 龍太)

本書の要点

(1)戦争は世界の終末と言うにふさわしい。地球全体を滅ぼしかねない兵器を手にした今、人類絶滅もありうる。
(2)人間はいきがいを見つけられるからよい。いきがいは自分自身の中にあり、火の鳥を見つけるよりたやすい。
(3)死は肉体という殻から生命がただとびだしていくだけだ、とブッダは説く。

要約本文

◆『ブラック・ジャック』の名言から
◇医者とは「医者だって神じゃない。人も殺すし、悪口もいわれるさ」

 著者には『ブラック・ジャック』を読んで医者を志した知人が多くいる。

 ブラック・ジャックは、モグリの闇医者でありながら、医者の鑑のように敬愛されている。その理由は、救命困難な患者さえ救う天才的な腕前以上に、悩んでいる姿にこそある。

 作中にも出てくる「医は仁術なり」とは古い格言だ。医者の任務は命を救う博愛の営みという意味だ。死ぬかもしれない人の命を助けることができる。それは神様が人間を助けるようなものだ。しかし、医者自身が神であるかのようにおごってはいけない。

 ブラック・ジャックは、救えると思った命が救えず、自分は神ではなく、人も殺すとつぶやいた。命の恩人を救えなかったとき、「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんて、おこがましいとは思わんかね……」という言葉が脳裏にこだました。

 医学は不可能と知りながら、生き死にを自由にしようと足掻く営みだ。ブラック・ジャックは医学の力を諦めず、「それでも私は人をなおすんだ」と叫ぶ。救えない命を前に、医者は開き直るでも、諦めるでもなく、悩み続けなければならない。